21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち
寅子、戦後日本に「自由」の第一歩を刻む ~第九週「男は度胸、女は愛嬌?」~
ついに、優三が本当に帰らぬ人となってしまいました。大切な人を失った悲しみから、人はすぐには立ち直れません。抜け殻になった寅子に、母のはるがお金を渡します。
「これを、自分だけのために使いなさい」心が死んでしまう前に。悲しみと向き合うために。美味しいものでも食べて。
美味しいものは、二人で食べようと誓ったのに
どちらが幸せでしょう。すでに死んでいるということを、知っているのと、生きていると思い込んでいるのと。行方不明と、遺体が確認されるのと。
ある人にとっては、一縷の望みがあれば、どこかで生きていると信じたい。ある人にとっては、事実をはっきり知って、そこから気持ちを切り替えたい。
父の直言(なおこと)が戦死広報を隠したことで優三の死を知らなかった半年の間、寅子は幸せだったのか、不幸せだったのか。
それはとても難しい問題です。
戦死広報と言っても、遺骨でなくて紙切れ一枚。これだけでは、亡くなったという実感もわかないかもしれない。優三の最期を知っている人がやってきて、自分が夫に持たせたお守りを持ち帰ってくれた時、ようやく寅子の中で、優三の死が事実になったのかもしれません。
優三さん、「寅ちゃんが試験に合格するか、あきらめるかするまで僕も試験を受け続けようと思っていた」と告白していたけれど、それより前に、もし司法試験に合格していたら、きっとその時、寅子にプロポーズしようと思っていたよね。
寅子に、猪爪家に、ふさわしい男になろうとしていたはず。
……実際、直言は「(書生の)優三くんか〜」と内心ガッカリしていたことを告白するし。「結婚相手が花岡くんだったら自慢できるな」とほくそ笑んでいたこともわかったし。そういうことも含めて、優三くんはすべての人に気配りをして生きている人だったのですね。
だから、寅子の最初の動機はどうあれ、大好きな寅子と結婚できた優三は、幸せだったのかもしれない。それなのに、戦争がすべてを奪った。妻と子どもを残して死んでいった優三も、どれほど家に帰りたかったか。戦争は、誰も幸せにはしません。
男も女も、自分の幸せを追求していい社会に
優三不在の中、自分のことで精一杯だった寅子でしたが、常にモヤモヤを抱えていました。それは、弟・直明(三山凌輝)のこと。まだ二十歳そこそこなのに、成人男子が自分だけになってしまった猪爪家を支えるため、「自分が大黒柱にならなければ」と進学を諦め、なんとか金を稼いで皆を養おうと必死です。
「はて?」
何か、違う。絶対違う。何が違うんだろう?そこに舞い降りてきたのが、日本国憲法の条文でした。
憲法第13条(幸福の追求権)
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
それまで、日本人は「お国のために」奉仕することを求められる「臣民」でした。お国のため、お家のため、会社のため。すべての人の人生は、所属する組織のために捧げられることが使命とされていたのです。
そうではない。自分ファーストでいい。それが「自由」ということだ!自分のしたいことを、最優先して生きよう。それを「わがまま」ととらえるのはやめよう。
寅子は直明に「大黒柱になんかならなくていい!」と叫びます。「みんなで柱になってみんなを支えればいいのよね」と花子。男も女もない。全員が自分の幸せを追求しながら、他の人の幸せに手を貸せばいい!
寅子、「自由」の翼を身につける
「私の幸せは、自分の力で稼ぐこと。それも、自分の好きな法律の世界で」高々と宣言する笑顔の寅子に、胸のすく思いです。
小さい子どもがいても、養う家族が多くても、どんな境遇でも、「やりたいことをやりたいと言う自由」は、誰にでもある。それが、「幸福の追求権」です。
直明も、大学に進学することになりました。求めた結果が得られるかどうかはわかりません。でも、「幸せを求められる幸せ」は、実感しているはず。
新憲法が発布されたとはいえ、日本はまだ敗戦国として、アメリカ進駐軍に占拠されています。海外からの復員も、ようやく活発化してきた頃。それでも、人々の顔には少しずつ笑顔が戻ってきました。新しい社会への期待感がそうさせるのかもしれません。
戦後の混乱期を、寅子はどんなふうに生きていくのでしょうか。
「君がするべきことは。寅ちゃんの好きなように生きること。自分らしく、精一杯生ききってほしい」
優三の言葉を胸に、寅子は、新たな一歩を踏み出しました。
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」