「ひとり」は状況で、「孤独」は感情だと知った日
日本で仕事をしていた頃、35歳で独身でいたら、顔を合わせるたびに親から言われた。
「ひとりだと将来、寂しいよ」
ブエノスアイレスに単身で渡ったという話をすると、必ず聞かれる。
「孤独ではなかったですか?」
私たちはいつから「ひとりは寂しい=孤独」という方程式を信じるようになったんだろう。そしてその方程式の解は、「老後は不安」になるのだろうか。
誰も「私」を知らない街で、はじめて「私」になった
35歳でブエノスアイレスに来た時、言葉はまったくわからなかった。スペイン語を話すアルゼンチン人が、まるで宇宙人のように感じて怖かった。
日本の常識が通じないカオスな街に来て、心細いはずなのに、どこかで深く呼吸ができるような感覚があった。
それは、日本でずっと担ってきた「役割としての私」が、この街にはまったくなかったから。誰の娘でも、どこの会社の人でも、何者でもない。役割がないという自由。この街の誰ひとりとして私を知らない、という不思議な感覚がそこにあった。
孤独だった時間
この街で、顔見知りが集まる唯一の居場所だった「ミロンガ(タンゴの社交場)」。それでも、誰にも会えない日や踊れない日もあったし、気づけば1日誰とも話していない、なんてこともあった。
不可抗力の孤独もあれば、うまくいかない人間関係から生まれる孤独もあった。体調が悪くて部屋から一歩も出られない日や、何もかもが嫌になって泣きながら眠り続けた日も。
20歳で初めて上京した時にも孤独を感じたけれど、言葉が通じない分、あの頃とは孤独の質が違った。それでも大人の嗜み。我慢する理性だけはあった。
どのみち、地球の反対側でひとりぼっち。
寂しい。とこぼす相手もここにはいなかった。
孤独は、雑音から離れる時間
日常は、他人の声や期待や常識で、頭の中がいつもうるさい。
「こうしたら、あの人は嫌がるかしら」
「どうしてあの人はああなんだろう」
「私はこうしたいけど、立場的に無理かな」
何かをするたびに、誰かに会うたびに、頭の中の声に振り回されて1日を終える。日本にいた頃、そんな日が少なくなかった。
でもブエノスアイレスでは、そのノイズが消える。他人の声でも期待でも常識でもなく「本当の自分の声」だけが聞こえる。自分の目的や気持ちに集中して選択できる、その感覚がとても心地よかった。
そういえば、タンゴも同じだ。軸のある人は、周囲の雑音に惑わされない。

孤独を怖がらなくなったら、人との時間も変わった
孤独と向き合えるようになったら、誰かといる時間の質も上がった。
寂しさを紛らわすために人と会うのではなく、「楽しいから」「あの人と話したいから」という理由で、誰かと過ごせるようになった。相手の言動にいちいち振り回されることも減り、今この時間を純粋に楽しめるようになった。
思えば、孤独を怖がっていた頃の私は、誰かといる時間を孤独で寂しい私から逃げる時間にしていた。
でも気づいたことがある。「ひとり」というのは状況のことで、「孤独」というのは感情のこと。だから、誰かといても孤独を感じることはあるし、ひとりでいても満たされることはある。ひとりでいることは、孤独とイコールじゃない。
ひとりの時間は、自分の声を聞き直す時間。
自分が何を好きで、何が嫌で、何を大切にしているのかを、自分自身と会話する時間。その時間があるから、誰かとの会話に新しい発見があって、より有意義な時間になる。
孤独も、誰かとの時間も、どちらも楽しめるようになった今、孤独はもう怖いものじゃない。自分とおしゃべりする、ちょっと贅沢な時間だと思っている。
夜、孤独を感じる瞬間があったら、少し自分の気持ちに耳を澄ませてみてほしい。もしかしたら、あなたの答えが聞こえてくるかもしれない。
¡Abrazo grande!(あなたに大きな抱擁を。)

[この記事を書いた人]AKANE
タンゴライフアドバイザー・タンゴダンサー・講師
1980年生まれ。日本での会社勤めを経て、35歳で南米アルゼンチン・ブエノスアイレスへタンゴ留学。本場のタンゴから“身体と心のコミュニケーション”の豊かさに魅せられる。
タンゴを通じて「抱擁・リード・呼吸・間(ま)・非言語のやりとり」の哲学に触れ、それを「パートナーとの関係性」「日常の愛情表現」「夫婦の時間」「男女のコミュニケーション」の視点で読み解けないか日々妄想中。
ウナタレでは、アルゼンチンタンゴの抱擁・会話・距離感を通じて学んだ、自分と大切な人との関係を見つめ直す“気づきの時間”をお届けしたいと思っています。
私の好きなブエノスアイレス
https://akanetanguera.com/