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優しさのふりをした『Yes』

「No」を選ばなかった理由

「No」と言わないことは、本当に優しさだろうか。

私たちは日常のなかで、何度も小さな「Yes」を選び続けている。それがその場を丸く収め、空気を壊さない選択だと知っているから。

けれど、その「Yes」はいつも、自分の本音と引き換えに差し出されてはいないだろうか。

本当は、断りたかった。
本当は、少し立ち止まりたかった。

それでも私たちは、「優しい人」でいるために「No」という言葉を飲み込む。
その選択が積み重なって、ふとした夜に残るのは、もどかしくやるせない違和感。

「No」と言えなかった理由を、そろそろ見つめ直してもいいのかもしれない。

ミロンガで「踊らない=No」という選択

タンゴ愛好家が集まるミロンガでは、はじめてその場に居合わせた者同士が、カベセオという目配せで誘い・誘われて踊る。

それはタンゴの大切な作法のひとつです。

もし、自分が踊りたいと思えない相手から誘われた場合、その視線に気づかなかったふりをする、あるいは視線をやんわりと通り過ぎる。そうやって誘いを断ることが、暗黙の了解として許されています。

「誘いを断る」という選択は、お互いに選択権があり、自由なのです。

もちろん、一度断られたら二度と誘わない人もいるし、断られたショックでトイレに駆け込む人もいる。

それでも、自分の感覚に正直であること、踊りたいと思った相手と踊ることはミロンガという文化そのものと、そこに集う人たちを育てていきます。

抱擁する相手は、選び合う関係で成り立っている。

身だしなみが残念だったり、行動が理不尽だったり、身体的に危険や不快を感じる相手と、無理に抱擁する必要はありません。

お互いが誘い・誘われる存在であるために努力し、学び、相手の気持ちや理想の状態に耳を傾ける。だからこそ、タンゴは深く踊られていくのだと思います。

相手が誘いに応えてくれたときの「Yes」は喜びであって、「No」と言われた経験があってこそ、その価値が際立つのです。

踊る?踊らない?の境界線

誘ってきたこの相手と踊るか、踊らないか。
その判断は、ほんの一瞬で下さなければなりません。

「ちょっと考えますね」という保留時間はない。

目配せをされたその瞬間、踊るか踊らないかを決め、視線を合わせるかどうかを自分が選ぶのです。

慣れや経験ももちろん必要ですが、一番大切なのは、自分の中に判断基準を持つこと。

そしてその基準は人それぞれ。

「有名ダンサーとしか踊らない」というイケイケな人もいれば、「いつも踊るあの人とだけ踊る」という保守派もいる。

これはタンゴならではの、男女の駆け引きという遊びでもあります。

「誰とでも」踊らないことも、その場でのひとつのポジション取り。

「なかなか視線を合わせない彼女が、誰と踊るのか」
意外と男性はよく見ています。

なんでも受け入れ、誰とでも踊る女性に、男性は関心を抱きにくいもの。
狩猟本能的に、簡単に手に入るものは追いかけない。

フロアに流れる何曲かを見送り、席で凛として座っていた彼女が立ち上がるとき、踊る相手は必ずしも有名ダンサーや超上級者である必要はありません。

ミロンガという、幅広いレベルの人が混ざる社交場では、可能性を閉ざすよりも、「努力すれば届くかもしれない」という希望を生む方が、群衆の注目を集めます。

頑張れば届きそうな高嶺の花であること。

それが相手の想像力を刺激し、どうしたら「Yes」をもらえるのかを考えさせるのです。

「No」を上手に使うことは、自分が何を大切にしているのか、相手に何を求めているのかを伝える術であり、同時に自分を守る行為でもあります。

男女の駆け引きを楽しみながら、自分なりの境界線を持つこと。それもまた、タンゴの楽しみ方のひとつです。

年を重ねたウナタレのわたしたちはどうでしょう。
断らないことが「大人」だと思う場面が、いつのまにか増えていく。
本当は「No」と言いたかった言葉を私たちはこれまでいくつ飲み込んできただろう。

選びあう関係でいること

無理をしない関係性とは、「No」と言っても壊れないこと。

あるいは、「No」を差し出した途端に崩れるなら、それは誰かがずっと本当の気持ちを飲み込んできた関係だったのかもしれない。

タンゴの抱擁が、選び合うことで成り立っているように、日常の関係もまた、本当は、そういうものなのだと思う。

すべてを受け入れなくていい。
すべてに応えなくてもいい。

優しさのふりをした「Yes」を、そっと手放した先で、ようやく本来の自分の形が戻ってくる。

そしてそのとき、誰かと交わす「Yes」は、きっと前よりも、肌に心地よくてあたたかい。

それではみなさま。

¡Abrazo grande!(あなたに大きな抱擁を。)


[この記事を書いた人]AKANE

タンゴライフアドバイザー・タンゴダンサー・講師

1980年生まれ。日本での会社勤めを経て、35歳で南米アルゼンチン・ブエノスアイレスへタンゴ留学。本場のタンゴから“身体と心のコミュニケーション”の豊かさに魅せられる。

タンゴを通じて「抱擁・リード・呼吸・間(ま)・非言語のやりとり」の哲学に触れ、それを「パートナーとの関係性」「日常の愛情表現」「夫婦の時間」「男女のコミュニケーション」の視点で読み解けないか日々妄想中。

ウナタレでは、アルゼンチンタンゴの抱擁・会話・距離感を通じて学んだ、自分と大切な人との関係を見つめ直す“気づきの時間”をお届けしたいと思っています。

私の好きなブエノスアイレス
https://akanetanguera.com/

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