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「利」と「志」、あなたはどちらを選ぶ?

〜「どうする?! 家康」を“自分事”として観る(2)

個人事業主であれ会社組織であれ、トップは日々「決断」を迫られます。

ていうか、起業する時からして決断したはず。起業するかしないか。あるいは会社にとどまるか、出るか。起業したら起業したで、毎回決断を迫られる。どっちの道に行くかで仕事の仕方も利益も、全然違ってくる! だから迷う! 

一生懸命働いて……でも、ちょっと待った! これ、本当に私がやりたい事だったっけ? 迷路にはまり込むワタシ。どうする?ワタシ…。

そんな時、道を示してくれるメンターが、欲しくなりますよね。

家康にとってのメンターは、一体誰だったのでしょう。

「王道」を行く野村萬斎の今川義元は、第一回で死んでしまった

今年の大河ドラマ、すでに離脱した人の中にも、「初回は見た」という人は多いと思います。第一回では桶狭間の戦いが描かれました。信長が奇襲で勝ち今川義元が負ける、歴史的にも有名な戦いですね。

これまでの戦国時代劇では、義元は「負けて当然」的な人物像で描かれることが定番でした。領地が大きくなるにつれ武将としての心を忘れ、貴族化して雅な遊びに耽るばかりで驕りがあった、だから敗れた、という筋書きです。

ところが今回、野村萬斎が扮した義元は、その立ち姿凛々しく言動も賢明。家臣の扱いにも非の打ちどころのない人物です。それを萬斎が「陰陽師」みたいな格好で演じると、さらにオーラが!

「この人はすごい、この人は特別」に見える! 説得力が増しますよね。

ところが、その義元があっさり負けてしまいます。織田信長に。桶狭間だからその成り行きは当然だけど、それにしてもあっけない!

信長は主役であれ脇役であれ、大河ファンにとって絶対的な人気キャラクターです。でも今回の大河ドラマ、ちょっと違う。桶狭間の戦いは、『覇道』まっしぐらの信長の時代の始まりですが、そこに「若き天才がボンクラ老害を蹴散らす爽快感」はありません。

初陣の家康が戦場のリアルを見て震え上がる姿だけが、心に重く残りました。

なぜ家康は、義元拝領の鎧兜を着け続けるのか?

もう一つ、初回で目を引いたのが「黄金の鎧兜」です。家康は義元から金ピカの鎧と兜を拝領するのですが、テレビの前で「あれ、戦場で目立ちすぎるでしょ!」と思った方、多いと思います。私もそうでした。

ただ回を追うごとに、最初は違和感のあったこの「鎧兜」が、実は大きな意味を持っていることに、私は気づかされました。

家康は義元の死後、今川から織田に寝返ってからも、戦いに赴く時はこの義元から拝領した鎧兜を着け続けるのです。

それはなぜなのか?

家康は義元を崇拝していました。織田家で辛い人質経験をしてきた家康にとって、今川家での人質生活は夢のようであり、義元は父親のような存在ですらありました。その義元が、家康に言うのです。

「『覇道』ではなく、『王道』を目指せ」

力による征服ではなく、民をよく治めよ、と。

そう、家康のメンターは今川義元であり、目指すのは「王道」。領主として、武将として、そこに家康の理想はありました。だから義元は、死んでからもたびたび家康の夢枕に立ちます。

対照的に、信長は「覇道」の人です。家康は信長を恐れ、相容れないものを感じながらも織田勢に付き従って闘います。が、心の奥底ではまだ義元を崇拝している。「王道」を求めている。だからこそ、彼は常に「どうする?」と迷うのではないでしょうか。

「どっちの方が得か」「どっちの方が勝てるか」ではなく、

「どっちが王道か」「このまま覇道に進んでいいのか?」

これが、家康の「どうする?」の正体なのです。

あなたは「利益」と「やりたい事」のどちらを取るか?

覇道か王道か、なんて言われても、現代の私たちにはピント来ません。でも「利益を優先するか、それとも夢見た事の実現を目指すか」と問われたら、“どうする?”

先日、ある配信動画でカリスマコンサルの話を聞いていたら、「私の言う通りにしていれば、絶対に成功します。私はプロですから。……そう言っているのに、言う通りにやらない人がいるんですよ。その人は、自分の承認欲求のために働いていて、儲かるために働いていないんです。それなら違う道を進んだ方がいい。私は儲かるためのコンサルをしているので」というようなことをおっしゃっていました。

「承認欲求のため」というのは、認められたい気持ちです。自分のやりたいことがあって、それが価値あることだと人に認められたい、ということですね。つまりこのカリスマコンサルは、「自分のやりたいことが大事か、儲かることが大事か、あなたはどちらを優先する?」と聞いているのです。

これ、覇道と王道に近くないですか?

秀吉と光秀、恐ろしいほどの現実主義

迷いすぎる家康に比べ、秀吉と光秀は迷いません。彼らの頭にあるのは「戦略」「調略」。下克上の戦国時代にあって、現実主義で生きるのはある意味当然でしょう。大小の違いはあっても生まれながらに領地を持っていた義元や家康に比べ、彼らはまず、自分を高く買ってくれる大将を見つけ、「ナンバーワン家臣」になる必要があるのです。

ただ、大河ファンとしては今回の、いやらしいほど卑屈・慇懃な描写には我慢ができないかもしれません。彼らもそれぞれ大河ドラマの主人公として何度も描かれていますので。

とりわけ明智光秀については「麒麟がくる」で、「麒麟」という理想のリーダー像を求め続ける光秀を、長谷川博己が爽やかに演じていたので、ギャップが激しすぎますね。ムロツヨシの秀吉、目が全然笑ってなくてこわすぎる!

家康はこの二人を見る時、まるで苦虫を潰したような顔をします。

私たちにもありません? 

「そこまでして成功したいの?」と呆れること。あるいは、

「この人たちと競うのかー。私にはこの世界合わないかも」とひるんでしまうこと。

もちろん、お金はほしい。成功もしたい。そのためにいろいろな対策はとる。お金を稼げなければ「成功」とは言えないし。

でも利益優先の経営方針に変えた時、「これって私がやりたいことだったっけ?」ってブレーキがかかることがあるんですよ。例えば、多くの人に広めたいと思っているのに、高額商品作っていいのか?とかね。

ここでまた悩む。「どうする?」……そう、家康のように。

ただ儲けるだけじゃなくて、いい世の中にするために仕事をしたい……とか思っていても、結果がでないと苦しくなります。

「理想ばかり唱えてもダメだ。現実を見ろ! これは戦いだ!食うか食われるかだ」

そんなふうに言う人は、戦国時代であっても今の時代であっても、必ずいます。

雌伏の時を堪え、家康が最後に掴んだものは

すごく有名な逸話がありますよね。

信長「鳴かぬなら 殺してしまえ、ホトトギス」

秀吉「鳴かぬなら 鳴かしてみしょう、ホトトギス」

家康「鳴かぬなら 鳴くまで待とう、ホトトギス」

私は今まで、「家康は長寿だったので、いろいろ苦労はしたけど最後に全てを自分のものにできてラッキー! 家康は運がいいね!」……みたいにとらえていました。

でも、「どうする?! 家康」が始まってから、考えが変わりました。

もちろん運もあっただろう。変容もあったかもしれない。でも、家康は「王道」を極めることを捨てなかった。徳川の時代が250年以上続いた秘密が、そこにあるのではないか、と。

大河ドラマは1年続きます。まだまだ序盤の「どうする?! 家康」。今後も多くの苦難が待ち受けますが、彼はどのようにサバイバルしていくのでしょう? その時、家康は変容するのか、しないのか? 見逃せません!

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

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