NEW TOPICS

  1. HOME
  2. ブログ
  3. COLUMN
  4. 21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

死んで花実が咲くものか〜花岡の死~第11週「女子と小人は養い難し?」~

最近、ルールを守らない人、多いですよね。ルールを守らない一部の人が、なぜか捕まらない。はて?

袖の下? 鼻ぐすり? 上からの圧力? ルール守っているのがバカらしくなる。そんな時、絶対にルールを破らない人がいました。

裁く方が法を守れなくてどうする?という苦悩

「あの花岡が!」

真っ直ぐで気配りできてバランス感覚に優れた花岡が。どちらかといえば、優柔不断で尖ったことができない花岡が。ヤミ米を食べずに、餓死した?

寅子にとって、新憲法は自分の心の自由を保障してくれる大切な旗印です。その憲法の精神に則って自ら草案づくりに携わった民法も。だけど、法律は「食」を満たしてはくれていなかった。法律の番人である人間が、自分は法を侵しながら、同じ法を破った人間を裁けるのか。花岡の苦悩はそこにありました。寅子もヤミ米を食べていました。花岡が寅子より苦悩を強く帯びてしまったのは、花岡が経済事犯専任判事として、直接食糧管理法違反者を扱っていたからでしょう。

本当に真面目な人だ! 

そこまで法律を、「裁く」ことを、突き詰めて考えていたんだ!

裁判官の鑑(かがみ)だ!

みんなそう思いましたよね。悲しみましたよね。

だから多岐川(滝藤賢一)が花岡を「バカ」呼ばわりした時、寅子が憤慨した気持ち、わかりますよね。

でも。

昭和40年代くらいまで、ある裁判官が戦後間もなく「ヤミ米は食べない」との意思を通して餓死したという事件は、広く知られた話でした。「もはや戦後ではない」と言われた昭和30年代に生まれた私も、家庭で、学校で、何度も耳にした経験があります。

そんな「ルールを守る裁判官」に対し、「偉い!」と評する人に、私はこれまで会ったことがありません。「ヤミ米を食べずに生きていけるはずがないのに」と言う人々の口元には必ず、「バカだね」「馬鹿正直にも程がある」「裁判官にまでなった頭のいい人が、何をやってるのか?」という嘲りに近い論調が漂っていました。

世間の人が彼に共感できなかった一番の理由には、「家族に一切のヤミ物資を買わないように命じた。自分だけならともかく、家族にもヤミ米を食べさせなかった」という報道があったからかもしれません。

当時の日本人は、男も女も満員の列車に乗って、あるいは乗り切れず列車の窓にしがみついたり列車の上に上ったりしてまで、郊外に「買い出し」に通っていました。都会の人間は、絹の着物やタバコ入れや簪などと引き換えに、農家から大根やジャガイモをもらって帰りますが、その途中で警察に捕まってしまえば、その少しばかりの野菜さえも没収されてしまうのでした。

当時を振り返るニュース映像がテレビで流れるのを見ながら、母はよく「田舎の人が急に偉そうになって、二束三文で買い叩くのよ」と吐き捨てるように呟いていたのを思い出します。

母も一度だけ、闇市でモノを売ったことがあったそうです。配給でたまたま砂糖と小麦粉が少量手に入った時、10代の母を先頭に5人の子どもを抱えた未亡人の祖母は、自分たちでは食べず、長女の母とお団子を作って闇市で高く売り、現金化して糊口をしのいだと言います。買い出しも、ヤミ市での売り買いも、すべては家族を飢えさせないためでした。

みんな「ヴィヨンの妻」だった

太宰治の「ヴィヨンの妻」という小説には、こんな一節があります。

「椿屋にお酒を飲みに来ているお客さんが ひとり残らず犯罪人ばかりだということに、気がついてまいりました。夫などはまだまだ、優しいほうだと思うようになりました。路を歩いている人みなが、何か必ずうしろ暗い罪をかくしているように思われて来ました。

 …(中略)…あんな上品そうな奥さんでさえ、こんな事をたくらまなければならなくなっている世の中で、 我が身にうしろ暗いところが一つも無くて生きて行く事は、この世の道徳には起こりえない事でしょうか」(「ヴィヨンの妻」太宰治)

ヴィヨンとは、フランスの大泥棒の名前です。

この小説は「私の夫は借金だらけだ、寸借詐欺だ、泥棒だ、それがどうした? みんな泥棒だ! 罪を犯さずしてどうやって生きるんだ?」という叫びです。

生きるため、家族のために、泥棒もした、身も売った、人もだました、それがいけないことと知っていても、やむにやまれず、自分のできることは、みんな何でもしていたのです。

ちょっと前まで「欲シカリマセン勝ツマテハ」と欲望を抑えつけられ、生き恥をさらすくらいなら死ぬのが日本男児や大和撫子だとおしえられ、本気でそう思ってきた人もたくさんいたのに、そんなんじゃホントに死んじゃう敗戦国の巷にあって、必死で食いつないだ。

だから、「ヴィヨンの妻」は評判を呼んだのだと思います。

昭和21年を生きていた人々は、これを読んで、赦された。生きてていいんだと思えた。どんなに胸のつかえが降りたことでしょう。

「花岡」という人物造形に託されたもの

当時の裁判所で働いていた寅子を描く上で、山口良忠という裁判官のこの有名すぎるエピソードは避けて通れません。でも、「そういう裁判官がいた」で終わらせてもいいものを、この番組では寅子の同級生で結婚も考えたことのある花岡(岩田剛典)をその人に当てました。花岡は佐賀出身。山口氏の故郷も佐賀で、これは最初から山口氏をモデルとして花岡を人物設定したことを示唆します。

花岡は、山口裁判官のもう一つの顔。裁判官がヤミ米を拒否して死んだ(*)という事実は変わりませんが、その評価や受け止め方は、時代によって変わります。彼は「法律にそう書いてあるから」ヤミ米を拒否したのではなく、「裁かれる人間に顔向けできないから」身を正したのです。

山口夫人によると、彼は生前「人間として生きている以上、私は自分の望むように生きたい。私はよい仕事をしたい。判事として正しい裁判をしたいのだ。経済犯を裁くのに闇(=ヤミ市など法律に反する商売に関わること=筆者補足)はできない。闇にかかわっている曇りが少しでも自分にあったならば、自信がもてないだろう。これから私の食事は必ず配給米だけで賄ってくれ。倒れるかもしれない。死ぬかもしれない。しかし、良心をごまかしていくよりはよい」と言っていたと言います。

昭和の時代、「まだ最高裁がある!」という叫びを何度も聞きました。それほど、民衆は裁判所を、司法の独立を、信じていたのです。今、汚れにまみれた己を棚に上げ、自分を正当化し、他人の非をあげつらう人がいかに多いか。それが公的権力と結びついて、あったこともなかったことにされかねない世の中にあって、花岡つまり山口裁判官の、不器用だけれど誠実な生き方は、再評価されているのだと思います。

もし「法律の番人」がA Iだったら

人間は自分の都合でいろいろ操作するから信用できない、A Iに任せようって考える人、いませんか? なんでもChat GPTに聞いて、それが正解だと思ってる人!

ルール全能で「正しいことは絶対正しい」「悪は一つも許さん!」となったら、それはそれで息苦しいわけです。息苦しいどころか、窒息して死んじゃうわけです。山口裁判官は、そのことも身をもって教えてくれています。

「さじ加減」とか「お目こぼし」って、必ずしも悪い意味じゃありませんよね。逆に「杓子定規」というのは、正確に測っているのに悪い意味です。

映画好きな子どもが毎日通ってくると、「いいよ、お入り」と言ってタダで入れてくれたモギリのおじさんがいたから映画監督になれた人、たくさんいます。

万引きで捕まえた少年を叱りつけながらも、「これっきりにして真人間になるんだぞ」と警察に通報しなかった店主に感謝している大人もたくさんいるでしょう。

もう面会時間は過ぎているけど、この時間じゃないとお見舞いに来られない家族をそっと入れてくれる受付の看護師さん、とか、そんな「さじ加減」「お目こぼし」ができるのは、人間だけです。A Iにはできません。

だって、人間には「愛」があるから!

その「愛」によって正義を支えるべく、ライアンや多岐川の念願であった家庭裁判所が設立に向け始動します。これがうまくいけば、裁判官になれるのか? 寅子の人生はまだまだこれから。よねや轟も戻ってきました。次週の「虎に翼」も楽しみですね。

(*)一般には山口良忠氏の事件だけが有名ですが、他にもヤミ米を拒否して亡くなった裁判官がいらっしゃったそうです。また、戦前は絶大な権威があった裁判官ですが、戦後は「公僕」たる公務員として権威のみならず報酬も低く、多くの裁判官が弁護士へと転身していったと言います。ドラマの中で「人手不足」という言葉の頻発には、「裁判官のなり手がいない=食べていけない」という時代背景も滲ませていると思います。

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

関連記事