シリーズ歌舞伎の中の女たち2
「お国と五平」〜谷崎潤一郎が描く、ストーキングされる女
歌舞伎の中には、明治以降に作られたものもたくさんあります。「お国と五平」は、小説家として有名な谷崎潤一郎が書いた作品。ストーカーの話ですよ! 女を追ってどこまでも。宿屋では隣りの部屋に泊まって覗きまでやってる! コワいしキモいし。だけど、それだけじゃありません。ストーキングされる女の方にもいろいろ問題がありまして……。オトナの恋は一筋縄ではいきません。
女の愛を諦められない! どこまでも追いかける男の執念
谷崎潤一郎の作品の中には、「卍(まんじ)」とか「痴情の愛」とか「鍵」とか、アブノーマルな匂いのする情愛や性愛を描いたものが多いですよね。この「お国と五平」も、そんなジャンルの一つと数えられるのではないでしょうか。
とはいえ、ものすごーくエロティックな場面があるとかじゃないんですが、気持ちの悪差と言いますか、ジワジワと人間の本性を見せつけられる、恐ろしい物語です。
夫の敵討ちのために、武家の未亡人お国は若党の五平を従えて3年も旅を続けています。忠孝の鑑のような2人の前に、一人の虚無僧が現れる。前の宿場でも、その前の宿場でも、あの虚無僧を見かけていたお国は不審に思っていたが、ついに虚無僧は自ら正体を表します。彼こそお国の夫・伊織を斬った男・友之丞でした。
友之丞は、一度はお国の婚約者と決まった男で、それが解消されてもお国に未練があり、伊織を斬ったあとも、ずっとお国のあとを追い、つかず離れず同じ旅の空の下過ごしていたのです。これじゃあどっちがどっちを追いかけていたのかわかりませんよね。
男をのみ込んでいく魔性の女
ところが、途中から風向きが変わってきます。3年このかたずっとストーキングしていた友之丞は、お国と五平が同行するうち男と女の仲になっていることを知っているのです。ニヤニヤしながらそのことを、二人の前で暴露する友之丞の、いやらしい目つき、勝ち誇ったような口元。それまでは、貞淑な未亡人と清廉潔白な従者にしか見えなかった二人の、夜の顔が明らかになっていきます。その上、お国は友之丞ともいろいろ訳ありであることが判明!
何この話! 誰を信じればいいの?
谷崎は読者の想像の上の上を行く結末を用意しています。もうね、びっくりですよ。冒頭のお国と、ラストのお国、まったく違う女に見えます。
私がこの作品を歌舞伎として観たのは、2009年8月。お国=中村扇雀、五平=中村勘太郎(現・勘九郎)、友之丞=坂東三津五郎(故人)という配役でした。歌舞伎で観たのはこの一度限りですが、心を鷲掴みにされました。その後、三津五郎さんに別件でインタビューさせていただいた時、「私、『お国と五平』の三津五郎さんが大好きなんです!」と言ったら、「あんな気持ち悪いのが好きなの?」と笑われてしまいましたが、……好きなんです!
人を愛するって、本性剥き出しでドロドロになるってことですよね。
「お国と五平」については、「恋と歌舞伎と女の事情」に詳しく書いています。興味を持った方は、ぜひ手にとって見てください。
「恋と歌舞伎と女の事情」仲野マリ著
https://www.tokaiedu.co.jp/kamome/booksdet.php?i=14
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」