21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち
正しい人のままでは疲れてしまう~第八週「女冥利に尽きる?」~
今週は急展開に次ぐ急展開でしたね。みなさん、ついていけましたか?
戦争が激しくなり、兄の直道も出征していきます。男性はどんどん兵隊にとられ、その分「女性活躍」が叫ばれていく。その一方で、女性弁護士第一号の先輩・久保田は志半ばで郷里に帰り、寅子は彼女のやっていた仕事も引き受けることになります。
「もう私だけ」後輩たちのためにも、自分は絶対に辞められない。思いつめる寅子の傍らには、心配そうに見つめる夫・優三がいました。
友情が恋に変わる時
結婚後、次々と仕事が舞い込み勢いづいていた寅子ですが、「女性は弱者」という思い込みから資料の読み込みが甘くなり、依頼人のウソに気づかぬまま弁護をしてしまいました。自分の失態が許せず落ち込む寅子を、優三は河原に誘い、川面を眺めながら話し始めます。
「すべてが正しい人間はいないから」
「みんな、守りたいものが違うんだ。だから法律があるんじゃないかな」
「寅ちゃんも、ずっと正しい人のままでは疲れてしまうよ」
「せめて僕の前では、肩の荷を下ろして、いやなことがあったら二人でこっそり、美味しいものを食べましょう」
女性が好きになる男性には二つのタイプがあります。
一つは優秀で理想を追い求めるリーダー的な存在で、もう一方は、いつでも優しく支えてくれる空気のようなタイプです。
池田理代子の漫画「ベルサイユのばら」でいえば、オスカルにとってフェルゼンが前者でアンドレが後者。同じく「オルフェウスの窓」でいうと、ユリウスにとって前者がクラウス、後者がイザーク。そして、寅子にとっては前者が花岡、後者が優三でしょう。
ただ、上昇志向の女性は、とにかく「支えてくれる人」に無頓着。たいていは、まず理想に燃える人に憧れて激しい恋をし、そして傷つき、結局は「支えるタイプの人」に落ち着きます。彼はいつまでも無条件で待ち続け、無条件に受け入れてくれるから。
寅子も、優三がそばにいることで、どのくらい自分が救われているか、これまであまりわかっていませんでした。自分の決断の全てを肯定し、常に味方でいてくれる優三という存在のありがたさを。
長い間友達だった人に、寅子は突然、恋をする。ほんと、寅子はいい人と結婚しました!
私は、寅子が心から羨ましい!
裕福な家庭に生まれ、才能に溢れ、弁護士になりたいと言ってもお見合いはしたくないと言っても、家族は全力で寅子を応援する。周りに意地悪な人は一人もおらず、学校の仲間にも先生にも恵まれ、司法試験には2回目で合格。上司や同僚もいい人ばかり。その上、「社会的地位のために」結婚した優三とも結局は愛情を育み、子どもまでできる!
なんて幸せな人なんだろう。「天は二物を与えず」っていうけど、寅子は二物どころか、いくつも持ってる!
けれど、その幸せの一つであった妊娠が、寅子にとって、思いもかけぬ逆風となるのでした。
恩師の言葉に愕然とする
妊娠が分かった後も、寅子は仕事にまい進します。しかし疲労がたたり、穂高教授(小林薫)に依頼された講演の直前に貧血で倒れてしまいました。
彼女の妊娠を知るや、穂高教授は「今は仕事を休んだ方がいい」と言い出します。
「仕事なんかしてる場合じゃない」
弁護士資格はすでにあるのだから、時期をみて復帰すればいい、と。
それは、寅子の体を心配しての真っ当なアドバイスだったかもしれません。戦争が激化する時代でもあり、食べ物も不足しつつありました。
でも、寅子にはそうは聞こえなかった。
今やただ一人となった婦人弁護士としての、自分の使命を口にすると、穂高は言います。
「世の中、そう簡単には変わらん」
「人にはその時代ごとに天命がある」
「雨だれ石を穿(うが)つ、と言うじゃないか。君の犠牲は決して無駄にはならない」
はて?
私は石を砕けない一滴の雨だれに過ぎない、と?
「君の〈犠牲〉は無駄にはならない」って、どういうこと?
自分に法律への扉を開いてくれた恩師の言葉に、彼女は耳を疑います。
「私は今、私の話をしているんです!」
寅子は、自分の幸せのために法律を学び、弁護士になったのです。後輩のためにも頑張るということはあっても、自分を〈犠牲〉や〈捨て石〉にするなんて、考えてもいませんでした。
彼女は自分の人生において、自分の理想を実現したいのです。そういう切羽詰まった気持ちは、すでに弁護士で、社会において多数派にして成功者、社会的地位もあり高いところから社会の進歩を語る男性には、わからないのでしょう。
けれど寅子は、結局穂高の言葉に従って、法律事務所を辞めることにします。すでに寅子には、社会に「抗う」だけの気力や体力は残っていませんでした。
「ちょっと男に優しくされたらほっとした顔しやがって!」
山田よねはそんな寅子の「弱さ」に憤慨します。自分独りで全部背負ってしまう寅子を心配していただけに、自分に妊娠を報告してくれなかったことが寂しかった、その反動もあるでしょう。
寅子は、最後まで一緒に戦ってきたよねとも決裂してしまいました。同じ女性なのに、同志なのに。女性同士を分断する「ワナ」が、社会にはそこらじゅうに仕掛けられています。
「降参です」ここは地獄の三丁目
妊娠って、自分の体内で異物を育てること。そのために、血液からホルモンから、全ての機能がその「異物」優先で働き始めます。「異物」を拒否するからつわりもあるし、生命活動は低下していつも眠いし、骨だってスカスカになる。個人差はあるものの、その状態で、妊娠前と同じように生活できるものではありません。
事務所を辞めて、寅子がどこかほっとしたのもむべなるかな。
考えてみてください。
妊娠中に満員電車に揺られ、立ち通しの自分を。電車が揺れるたびに足を踏ん張り、その都度、お腹の赤ちゃんに響いていないか心配になる自分を。そんな時、「どうぞ」と席を譲られたら、すぐさま「ありがとうございます」と言って、座るでしょう?
寅子はもう、くたくただったんだと思います。彼女は「降参です」と言って、法律の世界の一切から離れる決意をします。
寅子は無事に女の子を生みました。が、直道に続き、優三にも赤紙が届きます。
優三は、「寅ちゃんは、寅ちゃんの生きたいように生きればいい。弁護士になっても、他の職業についてもいい。頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。寅ちゃんの人生を精一杯生きてくれれば、それでいい」と言って出征します。 優三も、優三の人生を、精一杯生きていきたいはず。寅子と、娘のそばで。それが叶わないのが戦争です。
太平洋戦争が終わって、まだ100年経っていません。そして世界を見渡せば、今も空襲に怯える人々がいる。徴兵されて、塹壕で暮らす兵士たちがいる。本当の「地獄」とは、戦禍に逃げ惑う日々を言うのでしょう。
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」