ブエノスアイレスで知った、何もしない時間の豊かさ
日本にいたときは、休みの日に予定が入っていないと不安だった。
予定がない休日は落ち着かなかった。
カレンダーの空白を見ると、何か大事なものを取りこぼしている気がして、とにかく忙しくしていたかった。
無理にでも予定を入れて、週末部屋に篭るなんて、給料日前か、よっぽどメンタルが落ちている時。休みの日に昼寝なんぞしたら、罪悪感で押しつぶされそう。
ブエノスアイレスに来て、真昼間に
「疲れているなら少し昼寝してきたら?」と言われた時は
「そんなことしていいの?」って本気で思った。
今では、疲れたと思ったら休む。
10年もこの地で過ごすうちに、そんな風に自然と変わっていった。
アルゼンチンで出会った余白
アルゼンチンでは、毎日のように顔を合わせていても
カフェで何時間も延々とおしゃべりしたり、
どの店のジェラートが美味しいか、
そんな話だけで1時間以上盛り上がったり、
やたらと毎週同じメンバーでホームパーティーを開くこともある。
一見すると、無駄なことが多いように感じる。
住み始めた当初の私は、
「そんな話をして何になるの?」と思っていた。
でも今ならわかる。
彼らは情報交換をしているのではなく、
その時間そのものを楽しんでいるのだ。

タンゴが教えてくれた「パウサ(休憩・休止)」
パウサとはスペイン語で「休憩」や「休止」を意味する言葉だ。日本の落語が「間合い」を大切にするように、タンゴにもまたパウサという大切な時間がある。動作が静止した瞬間の空気の流れが重要なのだ。
タンゴを始めた当初は、パウサが苦手だった。
音楽が鳴ったら動かなければ、と思っていた。
止まることは、何もしていないことのように感じていた。
他者から見てもタンゴは、一見音楽に合わせて動くダンスだと思われがち。でも実際は、動いていない瞬間がとても重要。
相手を感じる時間。
音楽を聴く時間。
次の一歩までの瞬間。
その一瞬の静寂が、タンゴに物語を生む。
パウサがあるから、相手を感じられる。
余白があるから、人を感じられる。
そして、自分自身の声も聞こえてくる。
人生も同じ
昔の私は、空白を埋めようとしていた。
予定を入れ、仕事をし、次の目標を探す。
忙しくしている方が安心だった。
何も予定がない時間は、どこか落ち着かなかった。
でも今振り返ると、暇が嫌だったのではなく、立ち止まるのが少し怖かったのだと思う。
何もしていない時間には、自分の焦りや不安が顔を出す。
だから次の予定を入れる。
次の課題を見つける。
次の目標に向かう。
そんなふうに、私は無意識に空白を埋め続けていた。
何も予定のない午後に昼寝をして、夕方にマテ茶を飲みながら、ぼんやり空を眺める。昔の私なら、そんな時間は無駄だと思っていた。
でも今は違う。
そんな時間もまた、人生の一部だと思えるようになった。タンゴのパウサのように、止まっているように見えても、何も起きていないわけではない。相手を感じ、自分を感じ、次の一歩を育てる時間。
最後に、何もしない時間を過ごしたのはいつだろう。
人生を豊かにするのは、予定で埋め尽くされた日々だけではない。何もしない時間もまた、人生を豊かにしてくれるのだ。
そう、ブエノスアイレスの街は、私に教えてくれた。
それではみなさま。
¡Abrazo grande!(あなたに大きな抱擁を。)

[この記事を書いた人]AKANE
タンゴライフアドバイザー・タンゴダンサー・講師
1980年生まれ。日本での会社勤めを経て、35歳で南米アルゼンチン・ブエノスアイレスへタンゴ留学。本場のタンゴから“身体と心のコミュニケーション”の豊かさに魅せられる。
タンゴを通じて「抱擁・リード・呼吸・間(ま)・非言語のやりとり」の哲学に触れ、それを「パートナーとの関係性」「日常の愛情表現」「夫婦の時間」「男女のコミュニケーション」の視点で読み解けないか日々妄想中。
ウナタレでは、アルゼンチンタンゴの抱擁・会話・距離感を通じて学んだ、自分と大切な人との関係を見つめ直す“気づきの時間”をお届けしたいと思っています。
私の好きなブエノスアイレス
https://akanetanguera.com/