「何者かになりたい」私を変えた一言
世の中には、カリスマ的な人がいるものです。すごく優秀だったり、すごく人に好かれたり、特に最近は「天は二物を」与えてる感じで、頭がよくて美人とか、モデルで医者とか、もうどうしてくれるんだ?って感じ。
そういう人に比べると、自分がすごくちっぽけに見えてくる。
今、自分の思い描く自分になれてなくて、すごく落ち込んでいる人に、私の昔話を。
物書きになりたかった、でも、なれないと決めつけたところがスタート
私は物書きになりたかったんです。ずーっと前から。でも、「なれない」と思っていた。書くのは好きだけど、流行作家みたいな面白いことは書けなかったから。
それで、他の仕事をしようと思っていたけど、本当になりたいのは「物書き」だから、どうしても力が入らないのは当たり前で、「一生の仕事」なんか見つかるわけがない。
結婚を気に事務の仕事は辞めて、専業主婦になりました。
もう一度仕事をしようと思ったのは、最初の妊娠がわかった頃。
それには理由がありました。
その子を妊娠した時、それを母に告げると、2つのことを言われたんです。
まずは「子どもを育てるためには、何か一つ諦めなくちゃいけない。そのくらい大変なこと」ということ。そして
「子どもの手が離れたら何か仕事を始めよう、と思っているなら、その前から準備しておかないとダメよ」ということでした。
それは少し唐突だった。私、別に「何かを始めたい」と思って相談したわけでもなかったから。
でも、その話を聞いて、「身二つになる前にできること」として、ずっとチャレンジしようと思っていたフランス語の検定試験二級を受ける決心をし、勉強を始めました。
でも、だからと言って、それが何か仕事に結びついたわけではありません。
私が本当に「物書き」を目指したのは、二人目を流産して、「自分の人生」を見つめ直したところからです。
1枚600円1ヶ月6枚の仕事から
流産後、幸運にももう一人出産でき、私は二児の母を持つ専業主婦となりました。
家事一般のほかは同じアパートに住む幼稚園のママ友の家を行き来して、子どもたちを遊ばせつつおしゃべりするといった毎日。
上の子が小学校に入る頃、そのママ友は引っ越していったんですが、それでも時々会っていました。
ある時、彼女が「私、添削指導員になったの」というんです。いわゆる「赤ペン先生」ですね。「あなたがやってたのを見て、私もやろうと思って」
「ねえねえ、Sくんのお母さん、赤ペン先生になったんだって。小学校の4教科だよ、すごいねー。私なんか、絶対できないわ」
なにげなく、そう夫に話すと、夫が目を見開くようにしていいました。
「すごいじゃない、君の力だね」
「え?」
「君が赤ペン先生やってるからだよね」
確かに、私は第一子の妊娠前くらいから、小論文の添削指導を自宅でやっていたんです。
母の「子どもの手が離れたら、では遅い」という言葉が耳に残っていたのか、いつも新聞の求人欄を見ていたのでした。
翻訳の仕事も応募してみましたが、自分には合わなかった。実力不足もあった。小論文の添削は、自分に合っていました。
今ならメールでやりとりでしょうが、当時は月に1回本社に出向いて原稿をもらったり戻したりしていました。
ただ、子どもが小さいのでできる量は少ない。1枚600円程度、それを月に6枚くらいの細々としたペースでしたから、自分自身は「何かをやっている」という気持ちもなかった。ただ、楽しかった。それだけでした。
「君がやっているのを見て、Sちゃんのママは仕事を始めたということでしょ?」
「まあ、そういえばそうだけど……」
「君は人の人生を変えたんだよ。影響を与えたんだよ、すごいことだ!」
「へえ、そうなの?」
「そうだよ!」
あなたはきっと誰かに影響を与えている
当時の私は本当に自己肯定感が低かったんだと思います。
それに、人の人生に影響を与えるっていうのは、今でいうならば、大谷翔平の活躍を見て二刀流で野球をやる、とか、そういうことだと思っていたので、夫の反応は思いもよらないものでした。
だからどう、ってことはありません。私は次の日からも専業主婦で、二児の母で、ご飯作って洗濯して、子ども寝かせるうちに自分が先に寝るような生活を、相も変わらず続けていきました。
でも、「誰かの人生に影響を与えたなんて、君はすごい」という言葉は、ずっと心に残りました。人生、一つくらい、勲章があってもいい。誰にも見えなくても、私の胸には一つついている。
「人の人生に影響を与える人」って、有名人だけじゃない!
自分が何かしようと思っていなくても、好きで一生懸命やっている姿は、誰かの心をきっと動かしている。誰かの人生は、必ず誰かに影響を与えるものなんです!
私が「物書き」を仕事にするまでには、それから10年くらい後になりますが、この出来事そして夫の言葉の力で、私の自己肯定感は少しアップしたような気がします。
お金になるとかならないとか、そんなことは関係なく、自分の好きなことに邁進するエネルギーをもらいました。
つまり、今度はママ友の就職と夫の言葉が、私の人生に影響を与えてくれたんです!
あなたは好きなことやっていますか?
そのことを、人に話していますか?
あなたの人生も、きっとあなたのまわりの誰かの人生を変えるほど、大きな力を持っています!
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」