優しさのリード
「自分が良かれと思ってしたことなのに、違う意味でとられてしまった!」
そういう経験ありませんか?それとも時代が変わったのか?と思うこの瞬間。
先日、これが時代の波か!と思うことがあったので、私なりにググッと飲み込んだ話をご紹介します。
想いが届かなかった瞬間
私の住む街、ブエノスアイレスには毎年アルゼンチンタンゴを学びに来る若人たちが集います。
在住も10年目を迎えた私はそれなりに古株。昔は若人だった私も、結婚・出産を経験して、相談する側から相談される側へ。
タンゴを学びに来る方の留学・滞在のサポートをしていることもあり、サポートを受けていない方でも「元気にしているかな?」「何か困ったことないかな」など、自分にできる範囲で目を配っています。
ある日、久しぶりに会った留学生がいつもと違う土気色の顔。心配になり、
「大丈夫?顔色悪いね。疲れている?」
と聞いたところ、横にいた他の子から
「〇〇さんは、仕事の後だから…!」
と間髪入れず、フォローが入った。
その時の雰囲気が何だか私が言っちゃいけないことを言ったような雰囲気で、まるで「責めないでください!」と言わんばかりの口調。
「私、なにか悪いこと言った?」
その場で言葉にしても良かったが、言わずとも理解するには十分な彼女たちの目配せと雰囲気が、その場をより一層嫌な雰囲気にしていました。

時代が変われば、優しさの形も変わる
私の世代では、「顔色が悪いね。」といえば「大丈夫?」と心配しているメッセージ。具合が悪そうなら声をかけて、場合によっては「頼ってね」の心配り。
それ以外の意味があるバージョンを考えたこともなかった、私。
でも今は、見た目を指摘されるのは嫌、という方もいるんですね。
本人が気にしているかもしれないことを指摘するなんて!と、フォローする気持ちになる人もいる。
そういう気持ちをわからなくもありません。
….100歩くらい譲ってですけど。
なんとか、丸めて飲み込んで、時代が変わったんだな、と理解します。
それから私は、その2人にあまり声をかけなくなり、距離を保っていました。心配しても、またあの空気になるくらいなら何も言わない方がいいのかな、と。少し寂しい気持ちはもちろんあるけれど。
優しさにも、伝わる形があると知った日
タンゴを踊っていると、よく思うことがあります。
どんなに「私はこう踊りたい」と思っていても、そのリード(指示)が相手に伝わらなければそれは良いタンゴにはなりません。大切なのは、自分の正しさではなく、相手が受け取りやすい伝え方を探すこと。
言葉も同じなのかもしれません。
私は「心配」というリードを出したつもり。
でも、相手には「見た目を指摘された」と伝わってしまった。
だったら、「顔色悪いね」ではなく、「最近どう?」とか、「無理してない?」とか。同じ優しさでも、伝え方をこちらが変えることが必要なのかもしれません。
タンゴでは、うまく踊れなかったときに「相手のせい」にした瞬間に成長は止まります。
「どうしたら、この人には伝わっただろう。」
そう考えられる人ほど、少しずつ踊りが変わっていきます。ミロンガでも自然と誘われる人は、そんな人。
今回の出来事も、きっと同じだったのかも。
正直、私は戸惑い、だいぶ傷つきました。
頭の中でその時の残像リフレインが止まらない程に。
でも、それ以上に、「優しさにも、時代によって伝わる形があるんだな」と学ぶ機会だったのかもしれません。
まだ、完全に自分の中で消化しきれていないけれど、理解しようと精一杯努めてみたいと思います。
それではみなさま。
¡Abrazo grande!(あなたに大きな抱擁を。)

[この記事を書いた人]AKANE
タンゴライフアドバイザー・タンゴダンサー・講師
1980年生まれ。日本での会社勤めを経て、35歳で南米アルゼンチン・ブエノスアイレスへタンゴ留学。本場のタンゴから“身体と心のコミュニケーション”の豊かさに魅せられる。
タンゴを通じて「抱擁・リード・呼吸・間(ま)・非言語のやりとり」の哲学に触れ、それを「パートナーとの関係性」「日常の愛情表現」「夫婦の時間」「男女のコミュニケーション」の視点で読み解けないか日々妄想中。
ウナタレでは、アルゼンチンタンゴの抱擁・会話・距離感を通じて学んだ、自分と大切な人との関係を見つめ直す“気づきの時間”をお届けしたいと思っています。
私の好きなブエノスアイレス
https://akanetanguera.com/