21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち
郷に入ったら、そこは個人情報フリーな世界~第16週「女やもめに花が咲く」〜
新潟県三条市に優未と二人でやってきた寅子。優未との間はまだギクシャクしていて危なっかしいけど、「緊張すると、お腹ギュルギュルしちゃう」のがお父さん譲りだとわかって、優未は少しだけ自己肯定感が増したみたい。三条支部の人たちはみんないい人で、出だしは順調……のようですが、転勤って大変。最初は特に、キンチョーしますよね。
部屋とワイシャツと私、ならぬ、転勤と子育てと出世
最近、「転勤のないところに就職したい」という人が増えています。夫婦共働きの場合、一人が転勤になったら、場所によっては一緒に暮らせなくなりますからね。
国家公務員は特に、「転勤」がつきものです。全国をまわることで、見聞を広め、経験を積み、それが出世につながるしくみです。だから、寅子も転勤を拒まない。偉くなりたいからです。今以上の仕事をしたい。それならば、転勤は必須なのです。
寅子の場合も、花江たちとは離れ離れになりました。このドラマは働き手モデルが寅子、専業主婦モデルが花江というスタンスなので、「夫が転勤、専業主婦の妻が、子どもの生活を考えてどうするか」という課題をドラマに盛り込んだわけです。そして「疑似専業主婦」の花江におんぶにだっこだった寅子は、そういう自分を反省し、優未は連れていく決心をします。
そうなると、もう一つのモデルケースとなります。ワーママがステップアップしたいと思ったら、転勤の辞令が出た。新しいところに移れば、子どもの環境は一変する。今までのように親戚に面倒をみてもらうこともできない。自分は忙しいのは変わらない。でも転勤を断ったら、出世の道は閉ざされる。働き甲斐も、昇格も昇給も、全部なくすかもしれない……。
つまり、転勤が女性の社会進出を妨げてきたわけですよ。巷では、女性の管理職のなりてが少ないって言ってますけど、今まで女性にどんなワナをしかけてたんだと。もっと偉くなってもっと活躍したかった人は、たくさんいたはずなのに。
とにかく、寅子は出世の道を選びます。子どもを連れて、三条へと旅立ちました。
「女やもめに花が咲く」ということは……
「女やもめに花が咲く」とは、まあ、ひとことで言って、「未亡人はモテる」ってことですよね。若い女性が、それも未亡人てことは、男性経験ありますって公表してるのと同じじゃないですか。
「おサビシイですよね……」的な。あ、私、昼メロ見すぎですか?
まあ、冗談はさておき。
NHKがそういう人をブッ込んでくるとは思いませんが、少なくとも、「周りはそういう目で寅子を見てる」ということを、私は声を大にしていいたい。まだ昭和二十〇年です。私もまだ生まれてない。しかも、東京じゃない。女性が裁判官っていうだけでもう鵜の目鷹の目だと思うんですよ。
そこに、チョー美形の航一さんが、新潟の「本庁」から三条支部にやってきます。出会った時の寅子の第一声が
「あらぁ、航一さ~ん!」で、ございますよ。
東京で知り合いでした、といっても、普通「あら、星さん」ですよね。もう、私の頭の中は、モーソーでいっぱいです!
ぜーったい、思われてる!(あの二人、デキてるんか?)とか。まあ、寅子は全然気にしない、というか、全然気がつかない、でしょうが。
持ちつ持たれつの「小せぇ町」は、壁に耳アリ障子に目アリ!
「小せぇ町ですから、いつもと違うことがあれば、すぐに耳に入りますので」と、弁護士の杉田兄弟(高橋克彦・田口浩正)。
三条支部に航一が来たら、間髪を入れずに弁護士の杉田兄弟が豪華弁当を持ってやってきたりしちゃうんですよ。そういう「小せぇ町」です。寅子が帰宅したら、家にお刺身がドーンと届いていたりするわけです。
そりゃそうです。深夜であっても部下が緊急な案件を持って家を訪ねてくるような仕事をしてる女性が、小学生の娘と二人だけで住んでいたら、何かお手伝いしないとまずいでしょ。まあ、あのやり方は、「見返り」欲しさ満々ですが。
田舎の“ボランティア連絡網”は、SNSより文春砲に近いネットワークを持ちます。
だって戦前の「隣組(となりぐみ)」って、国民同士を相互監視させて、少しでも反政府っぽい人がいたら密告させるためのシステムだったんですよ。回覧板を回すっていうことは、必ず隣りの家の玄関を開けて入るっていうことで、その時、だれか見知らぬ人がいたか、とか、読んではいけない本や新聞が置いてあったとか、人によっては、家の中を嘗め回すように見ていったりしたんですよ。お国のために張り切っていたんです、普通の人はね。
だから、私は一週間、ずーっと気になっていたことがありました。お隣りの奥さんのことです。
お隣りの奥さんは、なぜ主要キャストにならないのか?
日本の「田舎」は相互扶助で成り立っています。江戸時代は「五人組」っていう「隣組」みたいなシステムがあったし。そういうシステムには政治的な意図があったかもしれませんが、それを普通に受け入れる土壌は、その前からあったはず。長屋だったら「大家にとって、店子(たなこ=間借り人)は子も同然」とか。とにかく日本は昔から、地縁の濃いお国柄だったわけです。戦後の東京のアパートでも、お醤油の貸し借りなんかを普通にやっていたわけで、「隣り近所は家族同然」。「遠くの親戚より近くの他人」っていうのは、こういうコミュニティーの力にみんなお世話になっていたんでしょう。
昭和60年くらいのことですが、私の友人が東京から栃木に引越して、何が怖いといったら「冬の朝、サクッ、サクッと音がするのよ。お隣さんがもう雪かきしてる!って飛び起きるの。自分の家の前を雪かきさせちゃうとあとでいろいろ大変だから」と言っていました。
だから、すごく違和感があるんです。お隣りの奥さんは、寅子をちらっと見て、軽く挨拶するとすぐに家の中に入る。普通だったら(もちろん、昭和20年代の “小せぇ町”の「普通」)、暗くなっても寅子が帰ってこなかったら、「みゆちゃん、一人で大丈夫?」って、玄関あけて様子見に来ますよ。晩ご飯のおかず、おすそわけしますよ。「うちで先に食べてくか」とか。
そうでない、ということは、寅子がなんかやらかしてるはずなんです。
寅子は杉田弁護士(兄=高橋克彦)が毎日ごちそうをまわしてこないように、八百屋や魚屋にかけあって、事前に買い物表を渡しておくやり方を編み出しました。だから、きっとお隣りさんにも「大丈夫です。お気持ちはありがたいのですが、二人でやりたいので」みたいなやりとりが、きっとあったのではないか、と想像します。
だって、東京モンが、それも女性の裁判官サマが、隣りに住んでるんですよ。なんの挨拶もしないのは、おかしいでしょ。ていうか、寅子だって引越しそばくらい、持っていくでしょ!
「娘と二人なんで、ご迷惑をおかけするかもしれません」みたいな挨拶、するでしょ!
もしかしたら、すごーいおせっかいおばさんで、ウワサ好きな人で、気がついたら寅子の家の台所でいろいろ作ってて、引き出しの中のものとかも勝手に見るようなひとだったとか、
ああ、もう妄想が止まらない!とにかく、隣りの奥さんどんな人? そこを、私は描いてほしかったな、と思います。
寅子は「キャリア組・落下傘」的上司
私はテレビの2時間ドラマが好きです。特に、事件解決系のサスペンスドラマ。そうなると、刑事ものが多くなります。そこでは必ず「たたきあげの刑事」と「東京からやってきたキャリア組エリート」の考え方の違いが浮き彫りになります。2時間ドラマでは「たたきあげ」の人が主人公サイドであることが多いので、キャリア組の警視正は地元のことを一切わからないまま素っ頓狂な指示を出してしまうことが多い。最終的にはほぼ100%、「やっぱり現場を知らないと」みたいな結末になります。
でも「虎に翼」では、主人公の寅子がこの「キャリア組」なんですよね。杉田弁護士らは、現場組です。そして、寅子は数年すればまた異動する。それも皆わかっている。だから、みんな願ってる。「ここのやり方で数年やってください。そして何事もなく、異動していってください。私たちがちゃんとやっていきますから」
町の名士に暴力を振るってしまった書記官の高瀬(望月歩)の処遇について、杉田は「穏便に」済ますよう立ち回ります。それが「小せぇ町」のやり方です。
知り合いから犯罪者を出さない。汚点をつけない。そのために、様々な人間関係を駆使する。そこで助かった人は、一生恩義を忘れない。いつかは恩返しする。そういう「縁」で、共同体は固く結ばれているのです。
寅子はいったいどうするのか。
郷に入ったら、郷に従うのか?
いやいや、彼女はそういう人じゃありませんよね。
「いつかここを去る人」だからこそ、何をすべきか
杉田の根回しを反故にするように、寅子は高瀬に処分を言い渡します。公務員にとって賞罰の「罰」に当たる処分は、本当に重くて、それが一つあるだけで、出世に大きく響きます。それをわかっていて敢えてそれを行う寅子。普通に考えたら、「なんて杓子定規な、人の心がわからない、冷たい上司なんだ!」です。
でも、寅子には思いがありました。
「小せぇ町」の濃密な人間関係。それが重たい、息苦しい、と思う人は、都会に出ていきます。もっと自由になりたい、衆人環視の目から逃れたい、新しい自分になりたい、と言って。
高瀬もまた、「今までの自分から変わりたい」思いで大学を卒業し、裁判所の書記官にもなりました。でも、自分の評価は昔と変わらない。
「昔からお前は弱い。死んだ兄貴のほうが優秀だった。もっとしっかりしろ!」
彼が思わずキレて手を出してしまったのも、そういう心無い言葉が原因でした。
そんな高瀬がこの地元に生きても、自分らしく生きていかれるように。
「あなたを確実に傷つけ、事あるごとに、悪気なく、かさぶたを剥がしていく人たち」に翻弄されないように。
昭和20年代というのは、戦前の常識がひとつずつひっくり返されていく、そんな時代だったのかもしれません。寅子は「新しい憲法」の申し子です。
2時間ドラマだと、キャリア組の警視正は、最後には「〇〇のコロンボ」みたいなたたき上げを理解し、和解するんですが、寅子と杉田弁護士は、どうなるのでしょう?
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」