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21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

「ただ好きになっただけ」で結婚するのは正解なのか?~第18週 〜「七人の子は生すとも女に心許すな?」

東京の汐見夫妻が、新潟にいる寅子に会いにきました。汐見(平埜生成)は東京の家庭裁判所の同僚であり、その妻・香子(ハ・ヨンス)は、明律で共に学んだ寅子の友人です。寅子は彼女に、ある裁判で証拠として提出されたハングル文字の手紙の翻訳をお願いしていたのです。香子の本名は香淑。朝鮮の生まれです。

そこへ三条支部の職員・小野知子(堺小春)がやってきます。知子はその裁判にかけられていた朝鮮籍の男性と、かつて恋人同士でした。が、親族に結婚を反対され、事件の怒る前に婚約を解消。愛し合う気持ちはあったけれど、諦めざるを得なかった。知子は、汐見夫妻が自分たちと同じ立場でありながら結婚できたことを知り、「どうして結婚できたのですか?」と問います。

香淑は「ただ好きになった相手が日本人だっただけ」と微笑みながら答えたのです。

……いやいやいや、そんな生ぬるい答えでいいんですか?

あなた、結婚するために、ありとあらゆるものを捨てたでしょ?

姓も名も捨てた香淑

寅子たちが明律に通っていた頃、日本は朝鮮半島を植民地として併合していました。そして朝鮮に対し、日本語を使うことや神社参拝、日本的な姓を名乗ること(創氏改名)など、日本的な生活や文化の浸透を推し進めていきます。日本に留学してきた崔香淑も、「さい・こうしゅく」と呼ばれており、親しくなってから初めて、自分の名が母国語では「チェ・ヒャンスク」と発音するのだと明かします。その時の香淑は、自分が「ヒャンスク」と呼ばれることに自信と誇りを持っていました。

でも……。

戦後、寅子が再会した時、香淑は「その名で呼ばないで。私は汐見香子」と表情を硬らせたのです。誰もが平等になったはずの戦後の日本において、香淑は、名前も姓も変え、自分が朝鮮の生まれである痕跡の一切を消し去り、日本で暮らすことを選択しました。

故郷に戻ってからの香淑に何があったのか、汐見と出会ってから何が起こったのか、それらは全く語られぬままです。ただ「こうするしか生きられない」と思わせることが、彼女の身にたくさんふりかかったのでしょう。

そんな香淑を、汐見は全力で守ってきた。だからこその、香淑の決断だった。その意味では、「ただ好きになった人が……」は正解なのかもしれません。

けれども、知子は香淑のこれまでに至る困難を何も知らされず、ただ「きれいごと」の部分だけを言われ、それで納得できたのでしょうか。

はて?

私の心にはモヤモヤが残りました。

知子の苦しみの根源はどこに?

私は最初、こう思いました。

知子は「相手が朝鮮人だから」と反対する親兄弟に負けて、結婚を諦めた。けれど相手を嫌いになったわけじゃない。それなのに結婚しない自分を責めて苦しかった。

そんな知子に「ただ好きだったから結婚できた」と言ったら、かえって彼女の苦しみは増すのではないか? 

「この人たちはあらゆる困難と戦って結婚した。私にはできなかった。それは、“愛”が足りなかったからなんだ……」と。

ところが、知子は香淑の答えを聞いて、とても晴々とした顔になります。そして吹っ切れたように、自分らしさを取り戻していきます。

まさに、はて? ですよ。

納得のいかない私は、もう一度、再放送を見ました。そして、ようやく思い至りました。

知子の悩みは、「どうして私は結婚できなかったんだろう?」ではなかったのだ、と。

なぜ寅子の家に来たのか、その気持ちを知子はちゃんと言っていました。

「“自分の選択”に納得できる手がかりがほしい」と。

彼女は、自分の意志で、婚約を解消したのでした。

もちろん、周囲の反対は大きな要因です。ただ、親の反対を押し切って結婚しても、自分の結婚生活はうまくいかない、と思ったのです。「小せぇ町」です。どちらかのコミュニティに所属しなければ、居場所を失うかもしれません。

女は結婚で「コミュニティ」を選択させられる

結婚すれば男性のコミュニティに所属する。そういう「結婚のあり方」が当たり前の世の中では、女性は結婚を機に「コミュニティの変更」を迫られます。

どちらの国・地域で暮らすか。どちらの宗教・宗派を選ぶか。どんな服を着るか。子供にはどんな教育を施すか。食べ物の味から掃除の仕方まで、コミュニティが変わればすべてが変わる。「郷に入れば郷に従え」と言いますが、それが国際結婚で、それも過去に何らかの遺恨を抱えた国や民族間であれば、ハードルはどんどん高くなります。

夫も妻も、「結婚」するのは同じなのに、男性は何も変えなくてよく、女性は全てを変えなければならない。これが「当たり前」だった時代は、つい最近まであったのです。いえ、今もまだ、そういう「当たり前」に縛られている人はたくさんいます。

香淑が親族との縁を切って再来日したこと、「香子(きょうこ)」と名乗っていることは第54話(第11週)で明らかになっていますが、帰化したかどうかは当時も言及されていません。でも、いずれにしても彼女は故郷を捨て、家族を捨て、自分がそれまで大切に思っていたものを全部捨ててきたことに変わりはありません。ただ一つの真実は、そんな思いをしてでも汐見というベターハーフだけは絶対に捨てたくない、という強い思いと言えます。

「正直に生きる」自由を選ぶために

汐見は、知子に対して「正直に生きてください」と言います。

正しくなくてもいい。自分の気持ちに正直であれ。

この言葉こそ、知子を最も勇気づけたのだと思いました。

人間は、理論正論だけでは生きていかれません。自分を守るために、何かを隠したり、口をつぐんだり、逃げたり、諦めたりすることも、時には必要です。

知子は自分が「結婚しない」という選択をしたことを、恥じなくていいと思えたのでしょう。

考えに考え抜いて出した、自分の“選択”だから。彼女が「晴々とした顔」になった理由は、ここにあったのです。

現在、夫婦別姓についての論議がようやく盛んになってきました。

でも、別姓を望む人は「いかなる夫婦も別姓になれ」と思っているのではありません。

あくまで「選択的」夫婦別姓。自分たちに「選ぶ自由」がほしい。その自由を、法律で保障してほしい。それだけです。

たとえどんな未来が待っていようと、自分で選んだ道だと思えば覚悟ができる。

かつて明律の5人の女生徒が、法律の道を歩むにしても諦めるにしても、それぞれが自分の意志で決め、その後の人生を誇りを持って歩んだように。

辛さを分かち合える人と生きる幸せ

それにしても、香淑、よく新潟に来ましたよね。ハングル文字で書いてある手紙を翻訳してほしいという依頼まで快く承諾しているのですから。自分が朝鮮人であることを知っている一切の人間から遠ざかろうとしていたあの頃の悲壮さは、少し和らいだような気がします。

ここまで彼女の心が回復したのも、汐見との生活があったからこそ。時のゆりかごの中で、彼女はようやく捨てた過去も自分の一部として受け入れるだけの余裕ができたのだと思います。

汐見は日本人男性で、日本で暮らし、日本名のまま。それでも、それを「当たり前」とは思っていない人でした。

「彼女は僕より何倍もつらい」

そのことを、わかってくれるだけで、どんなに幸せでしょう。

また、彼は結婚がゴールでないこともわかっています。

「彼女が彼女らしく生きられるために努力をしている」

優三さんも、そういう夫でしたよね。

「寅ちゃんは、寅ちゃんらしく生きて」

自分が亡くなった後まで、寅子が自分らしく生きることを願っていました。

汐見は、彼女が国を捨て名を捨ててもまだ残る真の彼女らしさを尊重し、愛していた。

香淑が、国を捨て名を捨てても一緒にいたい男性とは、そういう人物だったのです。

過去の自分を許してあげる

もう一人、過去の自分の選択を巡り、苦しんでいる人がいました。航一です。
「なるほど……」としか言わない作り笑い男、航一。

その割に、寅子にはK Yなほどストレートな接近をする航一。
いきなり「ごめんなさい!」と言って泣き崩れてしまう航一。

はっきり言って、メンタル崩壊してますよね。必死で「普通」にしているのでしょう。

その裏に、「自分の無力さのために、多くの日本人を殺してしまった」という自責の念がありました。「この戦争は負ける」というシミュレーション結果を出したにもかかわらず、その報告が握りつぶされ、戦争は始まってしまったことへの慚愧の思い。

航一も、過去の自分を受け入れられない一人でした。

航一だけではありません。杉田兄弟のあの素っ頓狂な笑顔の裏にも、深い深い悲しみがありました。

「あの戦争で苦しまなかった者は誰もいない」

それは、人を許す言葉であると同時に、自分自身を許す言葉でもあるのでしょう。

責任を追及することはとても大切なことです。

自分に責任があることを忘れないことも重要です。

理想を語るのは、未来への一里塚です。

でも、人間はそれほど強くない。

「小せぇ町」のコミュニティは、時に無言の優しさで傷ついた人を包み込みます。

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

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