ちょい悪オヤジの女性版! ウナタレ世代よ、悪婆タレ!?
インパクトありますよねー、「悪婆(あくば)」って。
森に隠れ住む白雪姫に、「リンゴはいかが?」って近く黒づくめのおばあさんみたいな、おどろおどろしい感じですが、実は「悪婆」は女性にとっても男性にとっても憧れの存在。
例えてみれば、「ちょいワルおやじ」みたいな! だから歌舞伎で悪婆といえば、玉三郎さんなんかがやっちゃうわけです!
かつて「悪」は「強い」を意味する言葉だった!
「悪」という字がついてると、モロ悪人だったり嫌な人だったりを想像しますよね。でも、古来「悪」は「強い」を意味する言葉でした。
例えば、「悪太郎」。狂言にも歌舞伎にも「悪太郎」というお芝居があり、昭和の時代くらいまでは、そのキャラクターで勝新太郎がやった映画なんかもありました。
力が強くて喧嘩っ早くて、ちょっとならず者でいたずら好きで、でも憎めない。根は悪いヤツじゃない。そんなちょっとヤンチャな男を「悪太郎」と呼ぶんです。
「悪七兵衛景清(あくしちびょうえ・かげきよ)」というキャラクターもいます。
こちらは実在の人物。
平家の残党で、最後まで落ち延びて頼朝を狙った景清という男は、時の政権である鎌倉幕府にとってはテロの親玉みたいな人でしたが、その強さと胆力、人を震え上がらせるようなものを持っている武士として、鎌倉方からも一目置かれていました。
だからこそ語り継がれてもいるし、多くの物語に登場するのです。
信心深く、京都の清水寺をこよなく愛し、京都五条の遊女「阿古屋」と相思相愛になって……みたいな話も有名です。
「悪婆」は「ちょいワルおやじ」くらいモテる!
歌舞伎に「悪婆(あくば)」が登場するようになるのは、江戸時代も後期。
200年近い戦乱のない世の中で爛熟し、そして退廃的な匂いもまとう文化文政時代くらいから。
つまり、バブル崩壊一歩手前、くらいな感じでしょうか。
「東海道四谷怪談」などで有名な鶴屋南北は、やさぐれた人物を主人公にすることが多かったですね。
こうした世相では、品行方正で忠義まっしぐらのお堅い女性や、綺麗な着物を着て御座敷から一歩も出ないお姫様より、人生の泥水の中を這いながらも瞳の奥には純な光がまだ残っているような、そんな女性の方が魅力的に映るものです。
「悪婆」とは“「悪いことをするお婆【ばあ】さん」ではなく、ほれた男性のために盗【ぬす】みや殺しなどの悪事を働く中年の女性”を指す、と「文化デジタルライブラリー」というサイトにも説明があります。
この説明からは、「悪」と「強」はストレートには結びつきませんが、気風(きっぷ)の良さに女性が、男に尽くす心に男性が、「惹かれる」図式が見えてきます。
「悪婆」は常に朝シャンしていた⁇
江戸時代は、着ているものや持っているもの、髪型など、外見で「身分」や「階層」がわかるような仕組みになっていました。(だから変装もしやすかった! 今でも警官とか、制服を着ると、ニセモノでも騙されてしまうでしょ?)
「悪婆」は、いわゆる「日本髪」を結わず、今の私たちがやるような、後ろでまとめた髪型(通称=「馬の尻尾【しっぽ】」)で登場します。着物も格子縞(こうしじま)。
このヘアスタイルに、「コンサバ崩し」な匂いが漂ってきます。
「あたしゃさっき風呂に行ってきたばかりだよ」
江戸っ子は風呂屋に行くのが大好きで、男は何かっていうと風呂屋に行って、着替えた浴衣で帰ってくるんですが、女性は今も昔もお風呂の後は色々大変ですよね。
髪は乾かさなくちゃいけない、化粧はしなくちゃいけない。
特に江戸時代、女性は髪が長いですし、日本髪に結うのも一苦労ですから、そうそう髪の毛は洗いませんでした。
ここからは私の“妄想”ですが、「悪婆」は毎日のようにお風呂に入り、毎回髪の毛を洗っていたんじゃないでしょうか。
それは今のようにシャワーもなく、内風呂もない時代に、ものすごく贅沢なことだったと思います。そこにお金を注ぎ込む、いわばファッションリーダー、インフルエンサーだったかも!
「あそこの姐さん、今日もすれ違いざまにいい匂いがしたよ」
「あの着物の着方、髪飾りの付け方! ちょっと崩していてかっこいい!」
見る人が見れば、カッコよく、でも人によっては渋い顔。
いつも風呂上りのまま、後ろにまとめただけのヘアスタイルで1日を過ごしているなんて、はしたない!
「髪の毛はいつもちゃんとセットしていないとだらしない!」というオバ様方のジョーシキから見たら、絶対娘や息子を近づけさせたくない女性だったんでしょう。
四月の歌舞伎座で、「悪婆」スタイルの玉三郎が見られる!
四月、歌舞伎座第二部で上演される「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」では、お富という女性が「悪婆」スタイルで登場します。
「♪死んだはずだよお富さん♪」のあのお話なんですが、やくざ の親分に囲われながら、若いイケメンと恋をして、妾宅に引き込んじゃって見つかって……
別れ別れになった恋人と再会した時、彼女はまた、違う男の妾になっていた…男は狂ったように…!
みたいな、ドロドロな話を、坂東玉三郎のお富さんと、79歳になっても永遠のイケメン・片岡仁左衛門の黄金コンビで見られる最後のチャンスです。
ぜひ「悪婆」の色気を堪能してください!
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/801
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」