「朝ドラ」が教えてくれる、「好き」を仕事にする夢と痛み(1)
~ジェンダーを越えた傑作・「らんまん」編~
私はけっこうな「朝ドラ」ウォッチャーである。調べてみたら、1966年の「おはなはん」からずーっと見ている。最近雨後の筍のように出てきた朝ドラ評論家や、そんじょそこらのNHK職員より、絶対的に「モノ申す」権利がある、と自負している。
そんな私にとって、今年の朝ドラ「らんまん」は、おそらく何本かの指に入る傑作にして、朝ドラの歴史に名を刻む傑作になると予感している。俳優陣も実力者が揃っているが、何より脚本がいい。「朝ドラ」の「伝統」を踏襲しつつ、21世紀を意識した、新たな革新の旗印を掲げているのだ。
とりわけ、「好き」を仕事にしたい人は必見。それはなぜか?をこれからひもといていこう。
「女性にも才能があり、好きなことをしていい!」とエールを送り続けた朝ドラ
私の「朝ドラ歴」は1966年の「おはなはん」から始まる。……おそろしい。もう57年も前のことだ。
子ども心に衝撃的だったのは1972年の「藍より青く」の真野響子の、荒くれ男たちにも負けない気迫と目力だった。
1975年「水色の時」や1977年の「いちばん星」は、内容云々よりも、自分と同じ高校生の大竹しのぶがヒロインとなったことや、大学のキャンパスで見かけた高瀬春奈がヒロインに抜擢されながら、体調不良で早々に降板してしまったことによって目が離せなくなった。
これらは世界的に大流行した「おしん」(1983年)や、以前に当うなたれブログ「私にライトが当たらない!」の回で引用した「京、ふたり」(1990年)より10年以上前の話である。
当時はNHKの朝ドラに対抗して、TBSが「ポーラテレビ小説」という15分帯の昼ドラをやっていた(1968~1986)。それを知る人も、少なくなったことだろう。
こうした「朝ドラ」「昼ドラ」の最大の特徴は、「女性が主人公」である点だ。
――そりゃあ、ビデオもなかった時代、朝の8時とかお昼とか、朝ドラをオンタイムでゆっくり見られるのは専業主婦だけだからねー、などと思ったそこのあなた!
「朝ドラ」とは、実は当時もっともラディカルなドラマであったことを、私は声を大にして言いたい!
朝ドラで描かれるヒロインは、「女性〇〇第一号」のように、男尊女卑の観念の強い時代にあって、何かをなしとげた女性が選ばれることが多かった。
あるいは、太平洋戦争という辛い時期を、いかに家業や家族を支え、生き延びてきたか、女性の底力のようなものを描くものも目立つ。
つまり「朝ドラ」とは、「夫の三歩後ろを下がって歩く」のが女性の美徳とされた時代、もっといえば、ドラマのヒロインといえば、「良妻賢母か魔性の女」のどちらかにしかカテゴライズされなかった時代に、「女性は強い!たくましい!才能がある! 女も男に頼らず、好きなことをしていいんだよ!」とエールを送り続けた革新的なドラマだったのである。
それを「専業主婦」に毎日15分間見せ続けたんだからね! 一種の洗脳教育ですよ!
性別なんて関係ない!
「おたく・ひきこもり・コミュ障」が「好き」を仕事にするまで
しかし21世紀の今、世の中はジェンダーフリーである。男女平等が憲法で規定されて76年、男女雇用均等法が制定されて38年。
日本では「女性受験者を一律減点して男性合格者を増やさなければならない医大が出現」という、いびつな社会ながら、「女性が活躍することは自明の理」にまではなってきた。
こうした時代に、「女性を応援してきた朝ドラ」はどのように変化したのだろう?
2023年4月から始まった「らんまん」は、槙野万太郎という植物学者を主人公にしている。男性が主人公の朝ドラは、これが初めてではない。だが、今回は「男性が主人公」という枠さえも飛び越えている。性別なんか、関係ない。そこが画期的なのである。
脚本を書いている長田育恵は、「酒屋の当主なのに酒に弱く、植物に興味がある」人物として万太郎を描いている。
同時に、万太郎の姉・綾は「酒に関心があるのに、女性だから酒造りに関与できない」。
これまでの朝ドラなら、主人公は姉の綾である。あらゆる障害をとっぱらって、女性の酒蔵当主になるまでを描けば、これまでの朝ドラの王道を行くことになろう。
ところが、今回は万太郎が主人公なのである。「女ゆえ」より「好きなことができない」が前面に押し出される。綾の悩みも、その一つとして描かれるのだ。
あなたは「好き」を仕事にするの、こわいと思ったことありませんか?
万太郎は金持ちなので、「女道楽」に大金をはらうように「植物」にうつつを抜かしても、誰にも何にも言われません。「遊び」のうちは。
でも、「仕事にしたい」と思った途端、風向きは変わります。最大の理解者と思っていた人間でさえ、「それは遊びだ!」と非難してきます。
同じこと、経験した人、多いんじゃないでしょうか?
「君の作るアクセサリーは素敵だね」「君のお手製のセーター、売り物みたい」
…と喜んでくれていたはずの夫が、
「私、お店をやりたいの」と切り出した途端、大反対する!
「そんなのが仕事になるわけないじゃん!」
いやいや、人から言われるだけじゃないですよね。まず自分がそう思ってる。
「趣味の延長みたいにして、どれくらい売れるかしら」とか。
「もし失敗したらどうしよう」とか。
こういうの、「専業主婦、趣味が高じて〇〇家に」みたいなストーリーによく出てきます。それだけ、世の中の一般的な反応です。
だけど、女性だけじゃないですよ、男性だって同じです。
生きていくために必要なお金が、「好き」を仕事にした時に入ってくるか?
それは誰にとっても未知数です。成功が約束された未来などありません。
「好き」を仕事にするならば。悩み多き仲間たちへ!
私も「書く」を仕事にするまでに、30年以上かかった人間です。
「仕事」にはしているけれど、じゃあ「書くことで喰えているか?」
私は「好きを仕事に」で成功した、といえるのか?
もっと稼がないと、ダメじゃないか?
「好き」だけではやっていけないんじゃないか?
自分に、何が足りないのか?
いろいろ悩む日々です。
そんな私に「喝!」を入れてくれたのも、また、「朝ドラ」でした。
次回はそんな話を! つづく!
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」