重力より、呪いの方が重かった。〜ブラジャー一枚で取り戻す、私という自律〜
思えばコロナ禍からの数年間、私の胸元はずっと「ユニクロのブラトップ」という名の、あまりにも平和で、あまりにも緊張感のない結界に守られていた。
「楽ちん」という言葉は、時に残酷だ。
鏡の中の自分は、もはやお胸というよりアメーバ。でろんと重力に従順なそのフォルムさえ、「これも加齢の勲章じゃない」なんて、物分かりの良い顔をして受け入れてきたつもりだった。
ブラジャーという、あの窮屈で、でも「女」であることを突きつけてくる装備を、私は一体何年クローゼットの奥に封印していたんだろうか。
平和に過ごしていたはずの私たちに、ある日、言葉にできないような「静かな地殻変動」が起きた。
パートナーとの間に流れた、ひやりとするような空気。それは裏切りという生々しい言葉よりも、私という「オンナ」の存在を、相手の景色からふっと消し去られたような、そんな絶望だった。
そこから数ヶ月。私はなんとか息をしているような、していないような、心ここにあらずの霧の中にいた。自分を奮い立たせてはみるものの、ふとした瞬間に「あぁ、私、女として終わってるんだっけ?」と、賞味期限切れのラベルを自分に貼りそうになる。ドラマのヒロインのように泣き崩れるには、私はもう、いろんなことを知りすぎた大人だった。

そんなある日、吸い寄せられるように入った下着屋さんの店頭。同性から見ても惚れてしまうようなグラマラスな長谷川京子と目が合った。素敵だな…。昔は私だって、「甘食」みたいに大きくはないけど、ツンと上を向いていて、どんな服を着てもまぁまぁ様になっていたはずなのに…。
あんな風に、もう一度自分の輪郭を愛せる日が来るのかな。
Aカップすら怪しい今の私には、あまりにも遠い世界。それでも、やや緊張しながら店員さんに「測ってもらえますか」とお願いしてた。
手際よくサイズを測った彼女が持ってきたのは、まさかの「Dの70」。
「嘘でしょ?」と笑う私をよそに、彼女はさらに言った。「いえ、このブラジャーならEカップかもしれませんね」。
フィッティングルームで、彼女の手が迷いなくブラジャーの中に滑り込み、私の脇に流れていた「肉という名の迷子たち」を、ぐいっと中心へ連れ戻す。
「ブラジャーは、高さじゃないんですよ。横に流れたお肉を、どれだけ本来の場所に収めてあげられるか。ほら、こんなに綺麗」
鏡の中にいたのは、アメーバではなく、たしかに「私」という名のかつてのオンナだった。 店員さんの温かい手の感触と、数年ぶりに再会した自分の「谷間」を交互に見ていたら、喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
オバサンだからと諦めていたのは、加齢のせいじゃなく、私自身の「目」だったのかもしれない。 迷子になっていたのはお肉だけじゃなく、私の自尊心も同じ。
ブラジャー一枚に救われるなんて、女って、なんて単純で、なんてくそ面倒くさくて、愛おしい生き物なんだろう。
私はその日、新しい「装備」を抱えて、少しだけ背筋を伸ばして店を出た。
あの日、パートナーの景色から私が消えた時、同時に私を縛り付けていた『おばさん』という名の呪いもまた、音を立てて崩れ去ったのだと思う。
たかがブラジャー。されど、この一枚が私に授けてくれたのは、誰にも侵されない新しい輪郭だ。
もう二度と、自分に賞味期限なんて貼るものか。
このしたたかな私の人生を、最後の一滴まで愛で尽くすのは、他でもない私なのだから。
寄稿:深海の人魚 さん