ウナタレ世代である母たちへ
結婚しない娘VS外孫を望む親
私は現在53歳。
一度も結婚したことがない。戸籍がとっても綺麗。
遡って33歳くらいの頃。
人生二度目の同棲を解消すると伝えたら、母が憎々しげに言った。
「相手がいないわけじゃないのに、なんで結婚しないのか意味がわからない」
「理想の相手なんていないよ?どこまで夢子ちゃんなの?」
さらに私が40歳を過ぎたくらいのとき。
友人の子供をごくごくたまーに預かっているという話をしたら、おもいっきり嫌な顔をされた。
「自分の子供を作らなかったのに、わざわざ他人の子を預かる気がしれない」
「そんな話、聞くだけで不愉快」
ホスピタリティが高めな私に対して、母はだいぶ低い人。
話が噛み合うわけがないのだが、シンプルに「人として尊敬できるところがひとっつも無いな」と思い、以降、ますます距離を置くことにした。
父にも生前、一度だけ言われたことがある。
「外孫の顔が見たい」
外孫?いるじゃん。
外孫=嫁の子(弟の嫁)だと勘違いしていたので、まったくお話にならない。
あ、外孫って私が産んだ子供のことを言うんだーへええええー!で、会話終了。っていうか強気に強制終了。うっせえな。お前が産めよ。
あなたに向けて書いてます
さて、この記事は「娘を持つウナタレ世代のお母さんたち」に向けて書いています。
その中でも「まったく苦労せずに妊娠しましたけど?」系の母親に向けて書いています。
「子供を持たなかったうちの娘が、50歳を過ぎてなんかいろいろ言ってきたぞ」という数十年後を想像して読み進めてください。OK?
私の母は24歳で私を、27歳で弟を出産したので「妊娠まったく苦労していない系」の人。
そんな母親に未だ伝えられていない、残酷な事実がある。
あなたの娘(私)に子供がいないのは、「結婚していない」からではなく、「授かりにくい身体だった」からだよ、ということ。ドーン。
そしてそれはちょっぴり、ほんのちょっぴり、あなたのせいかもしれないよ?ということ。
ドドドドーン。
妊娠しなかった理由①生理周期が初っ端から狂ってた
以下、私の生理記録。初潮から40代くらいまで。
- 14歳(中2)で初潮を迎える
- 初潮を迎えた翌月から生理が来ない
- あれは幻だったのか???(そんなわけない)
- 人生2度目の生理が来たのが17歳(謎の空白の3年間はなに?)
- 以降、毎月はやってこなくてずっと不定期
- 年間でいうと生理が来るのは8〜9回くらい(体感)
- よって「危険日」がまったくわからない
どうでしょう。だいぶ、ふざけてますね。
ちなみに生理も軽くて、「生理痛ってホントなの?女子が使う仮病じゃないの?」と長年思っていました。本当に女子かよ。ごめんなさい。そのくらい軽かった。
私の生理状態について、唯一、話せるのは母だったので、かるーく伝えてはいました。
母も、あらそうなの〜な感じでかるーく受け止めていました。
今ほど「不妊治療」が身近ではなかった時代。
母が深刻に受け止めなかったのも無理はない。
だがしかし。
初潮の翌月に生理が来なかった時点で、母は私を婦人科に連れて行くべきだったそうです。
まあそうだよね。謎の空白3年間を放置してはいけなかった。
母自身が苦労せず妊娠した人なので、「不妊」という二文字も頭になかったでしょう。
妊娠しなかった理由②構造上の問題
3年くらい前に健康診断を受けた病院にて。
60代くらいの男の先生に「最近、40代の知人が子宮がんで亡くなって、、、」という話をしたら「あなたも子宮筋腫がたくさんあるから他人事ではないよ」と脅される。
げ、まじか。
子宮筋腫はたくさんあるけど、良性だから大丈夫だと聞いていたのに。
教えてもらった評判の良い近所の婦人科を予約。すっごい嫌だったけど。
性器に器具をつっこまれるのがとにかく無理。無理すぎる。
あんなところから人間を出すなんて、みんなどうかしてる。すべての女性をリスペクト。
で、いざ診察。
信じられないくらい無理。痛すぎる。
痛い痛いギャーーー痛いようーーーーと騒いでいたら、ドクターストップがかかった。
もうやめましょう。
え?それは困る。せっかく勇気を振り絞ってやって来たのに。
30代くらいのわりとイケメンな男の先生に全力で謝罪。
先生ごめんなさいごめんなさい。痛がってごめんなさい。力むなって言ってんのに力みまくってごめんなさい。もうしませんごめんなさい。
でもどうしても痛くって、痛い痛いって騒いじゃうけど、力んでしまうけど、そんなの無視して力ずくでなんとか器具を入れてください。お願いします。
また別の日に来て診察受けるとか、絶対に嫌なので。
私の心からの懇願に、先生は悲しい顔で告げる。
「多分、これ以上やったら、痛さで失神しますよ」
失神してもいい!
とはさすがに言えず、結局、後日、別の病院でMRIを撮ることに。
え?だったら最初からMRIで良かったじゃん。
30代イケメン婦人科医に言われたことは。
- 入り口が狭いから性行為もずっと痛かったでしょう(うん)
- 入り口だけじゃなくて挿入した先も狭いから着床しにくいでしょうね(なんですって)
「ずっと痛かったでしょう」と労われたことは人生で初めてで、10代で初体験を迎えたときの大変だった記憶が蘇り、数十年の時を経てようやく現れた理解者を前に泣きそうになる。
すがりつきたくなる。
だが、あとに続く「着床しにくい」という驚愕の新事実を告げられ涙が引っ込む。
なーーーるーーーほーーーどーーー
だから避妊しなくても、まったく妊娠しなかったのか。
妊娠を望んでいた35歳のときの私に教えてあげたい。
いいから、つべこべ言わず、一度病院へ行け。
お前の「妊娠しにくい」は、生理不順だけが原因じゃないぞ。
構造的な問題もあるんだってよ。そんなのダブルパンチじゃん。
生理不順をラッキーだと思っていた
もともとまったく子供好きではない。だから若い頃から生理不順でも構わないと思っていた。
生理が軽くてラク。
年に9回くらいしか来なくてラク。
避妊も適当でいいからラク。
35歳のときに、「この人の子供が産みたい」と思える人が現れて、結婚できる相手ではなかったけれど、彼の子供を授かりたいと願った。
生理が来るたびに落ち込む、という心境に初めて陥った。
孫は可愛い
今年の前半、義妹の介護のために、週の半分以上を弟ファミリーの家で過ごしていた。
最後に会ったときに中学生だった甥っ子が25歳になっていた。
義妹が言う。
「お義姉さん、カレーの写真を家族LINEにあげたでしょ?自分の分もあると思って帰ってきたのに、全部食べられてて(私の弟が食べてしまった)ガッカリして、あの子、仕事から帰ってきたあとにまた出かけて、ごはん食べに行ったみたい」
なんですって。かわいそうに。
そうか、帰ってきてごはんがあると嬉しいのか。25歳のくせに。
母親(私にとっての義妹)が脳出血で倒れて以降、家で手作りごはんを食べてないしね。
仕事で帰宅の遅い甥っ子の分も作って、冷蔵庫に入れておく。
朝起きると、キッチンに空の食器が置いてある。
「ちゃんと洗っておきなさい!」なんて1ミリも思わない。
おお、食べとる食べとる、、、と、嬉しくなる。
野良猫用に外に餌を置いておいたら、器が空になっていて、あ、ちゃんと食べてる!の嬉しさに似ている。
私が結婚していないがゆえに「親戚付き合い」が希薄で、それまで甥っ子に会ったのはたったの4回。彼が生まれてまもないとき。私のいとこの葬儀。父の病院。父の葬儀。
関わりの薄かった25歳の甥っ子に、これほどまでに無償の愛を注げるとは。
なるほど。血が繋がってるってこういうことか。
産んでないから知らなかった。
甥っ子でこれなら、孫だったらさぞかし可愛いでしょうよ。
「お前が産めよ」とか言ってごめーーーん。謝るの遅いけど。
うちの母の「人生折れ線グラフ最上位ベスト2」は、「自分の子の子育て」と「孫と過ごした時間」だと言う。
甥が幼稚園くらいまで、実家で同居していたので、可愛い盛りの孫と多くの時間を持てた。
子育てや孫との時間にしか、人生の喜びをを見つけられない母をずっと馬鹿にしていたけれど、ようやく理解できた。
理屈じゃない。DNA的な何か。本能的な愛おしさ。
母に言えないからみんなに言ってる
75歳の老いた母にこの話はできない。だからみんなに言っている。
娘に生理のことを根掘り葉掘り聞いたら、間違いなくうざがられるだろう。
は?というリアクションだろう。ホントごめん。親の心子知らずでごめん。
代わりに謝るので許してほしい。
そして、ウナタレ世代であるみなさんは、私の両親のような露骨な発言はしないのだろう。
「外孫が見たい」なんて、娘に余計なプレッシャーをかけるようなことはしないのだろう。
「子供とか、別にほしくないし〜」
言ってる姿が目に浮かぶ。自分がそうだったからわかる。
今はそうかもしれなけれど、気が変わることは大いにあるし、この人の子供がほしいと願うような人が現れる可能性もある。
自分が子供好きかどうかに関係なく、子供を授かりたいと願うことになる可能性は大いにある。
だって私たちは子宮に操られているから。子宮に思考を乗っ取られることがあるから。
授かれなかったときの哀しみは、ちょっともう他の哀しみとは比較にならない。
何かに取り憑かれたような哀しみ。絶望に近い哀しみ。
自分の身体に関心を持つのが遅すぎる。妊娠できる身体かを調べるのが遅すぎる。
でも、本人は絶対にやらないじゃない?
自分を振り返っても、絶対にやらないだろうなーと思うじゃない?
学校では妊娠しないように注意を促すことはあっても、「妊娠できる身体づくり」について教えてはくれないじゃない?
そうしたらもう、母親がおせっかいババアになるしかない。
「孫のいる人生」を人生の選択肢のひとつに加えるために。戦略的に。
そしてなにより、あなたの娘さんが「絶望に近い哀しみ」を感じずに済むように。
以上、未来のあなたの娘からのメッセージでした。

[この記事を書いた人]さとちゃん(SATO-CHAN)
・1973年生まれ 魚座(太陽)で双子座(月)
・岡山の山奥で田舎暮らしを満喫していたら、義妹が倒れて埼玉に戻ることに。
・脳出血により左半身麻痺となった義妹の介護も彼女の見事な回復力で終了。
・再び地方移住したいので面白そうな地域を探し中👀
・noteはこちら https://note.com/asako1973