私には、その価値がある
アルゼンチン人女性の衝撃のひとこと
私には、ブエノスアイレスで出会った女性が口にした、忘れられない言葉がある。
「私には、その価値がある。」
今から10年ほど前、私がこの街で暮らし始めた頃に、アルゼンチン人女性から聞いた言葉だ。
どんな場面だったのかは、もう覚えていない。
けれど、自分のボキャブラリーには決して存在しなかったその言葉を聞いたとき、自己肯定の土台がまるで違うような気がして、衝撃を受けたことだけは鮮明に覚えている。
皆さんは、自分に対してこの言葉を使ったことがありますか?
日本で染みついた「すみません」
日本にいた頃の私は、小さなことでもすぐに謝っていた。
あまりにも「すみません」を使いすぎて、言葉の意味さえ軽くなっていたのかもしれない。
タンゴを始めたばかりの頃も、相手の男性の足を踏むたびに、
「すみません」
「ごめんなさい」
と、謝ってばかりいた。
ブエノスアイレスで受けたタンゴのレッスンでも同じようにしていたら、先生から少し強い口調で、
「謝らないで!」
と言われた。
けれど、そう言われた私の心は、さらに「すみません」と萎縮していくばかりだった。
女王様のように優雅に、気高く
そんなある日、ひとりで出かけたミロンガで、年配の男性と踊った。
踊りながら何度も謝る私に、その人は優しく言った。
「謝る必要はないよ。君は女王様のように、優雅にしていればいいんだよ」
そして、私をそっと抱きしめてくれた。

タンゴの世界では、女性たちがとても優雅に見える。
でも、決しておごり高ぶった女性ばかりが踊っているわけではない。
そこには、女性が美しくあるためには、自分を小さくせず、気高く装うべきだという美意識がある。
謙虚であることや、周囲に迷惑をかけないことを大切にしてきた日本人女性にとって、その感覚は少し理解しにくいものかもしれない。
私自身も、ずっとそうだった。
自分を取り戻した、魔法の言葉
そのとき私は、あの言葉を思い出した。
「私には、その価値がある。」
まずは、心の中で唱えることから始めてみた。
慣れない海外生活。
わからない言葉。
なかなか上達しないタンゴ。
いつまでたっても馴染めない環境。
日本で暮らしていた頃に築いてきた小さな自信は、すっかり奈落の底に落ちていた。
それでも、その言葉を呪文のようにひとりで唱えているうちに、少しずつ気持ちを取り戻し、自分の足で立てるようになっていった。

自分の価値は自分で決める
今でも、日々の生活の中でつまずいたり、悔しい思いをしたりすることがある。
誰かと比べて、自分には何もないように思える日もある。
そんなとき、私はひとりでつぶやく。
「私には、その価値がある。」
たとえ、誰かに選ばれなくても誰かに認めてもらえなくても、自分の価値は自分で決める。
私には、その価値がある。
それではみなさま。
¡Abrazo grande!(あなたに大きな抱擁を。)

[この記事を書いた人]AKANE
タンゴライフアドバイザー・タンゴダンサー・講師
1980年生まれ。日本での会社勤めを経て、35歳で南米アルゼンチン・ブエノスアイレスへタンゴ留学。本場のタンゴから“身体と心のコミュニケーション”の豊かさに魅せられる。
タンゴを通じて「抱擁・リード・呼吸・間(ま)・非言語のやりとり」の哲学に触れ、それを「パートナーとの関係性」「日常の愛情表現」「夫婦の時間」「男女のコミュニケーション」の視点で読み解けないか日々妄想中。
ウナタレでは、アルゼンチンタンゴの抱擁・会話・距離感を通じて学んだ、自分と大切な人との関係を見つめ直す“気づきの時間”をお届けしたいと思っています。
私の好きなブエノスアイレス
https://akanetanguera.com/