ウナタレ的愛嬌のススメ
このところ、「カスハラ」なんて言葉が叫ばれてる。
ご存知のように、カスタマーハラスメントの略称で、客がお店側に対して理不尽なクレームや暴言を吐いたりすること。
ウナタレ世代は、「お客様は神様です」という三波春夫が両手を広げていたあのお姿の記憶もあるだろうけど、令和の今ではそんなこと言ってられない。客側がそこまでやるの?と驚くようなことをお店側に要求したり強制してしまうなんて、なんだか悲しい世の中ですなぁ。春夫先生も泣いてるぞ。
とはいえ、世の中には、お客として入ったのに酷いサービスの店や従業員だっているのは事実。
向こうも人間だからね、体調悪かったり気分が乗らないことはあるでしょう。いくらお金をもらっていても。
そこはプロだから!という意見ももちろんアリなのだけれど、だったらお客側もちょっと出方を変えてみたら?と感じたのは、先日のディナーでのこと。
え?ヤバいお店だったかも?
気心知れている友人と2人でよく飲んでいるお店のすぐそばに、ミシュランに何年も掲載されているお店と提携しているビストロを発見しまして、早速予約しましたのよ。
でも、お店に行く前日に気づいてしまったのでした。(前日まで気づかなかったの?という声は聞かなかったことにします笑)
実はそのお店、口コミをよくよく読むと接客の酷さが結構書き込まれていることを。
・せっかく美味しいのに、この接客はない!2度と来ません!とか、
・ミシュランに掲載されてるからっていい気になるな!とか
具体的にどんな態度を取られたのかは書いてないのだけれど、どうやら最悪の接客になることもあるようで。
そんな悲しい体験をした方のお店の評価は、まるでのび太の成績表のよう…あらあら。
ま、美味しいならいいか…。とりあえず行ってみよう。
友人と2人で少し緊張しつつ、着いてすぐにワインを頼み、コースでお願いしていたので、まずは前菜。
前菜の説明が始まると…
「あ!申し訳ございません!アレルギーがありましたよね、すぐにお取り替え致します。」と、店員さんが慌てて私のお皿を下げる。
実はワタクシ、牡蠣のアレルギーがありまして、一口でも食べたら大変なことになるんです…
店員さんは、すぐに新しい食材の前菜を持ってきてくださった。
間違えはしたけれど、把握してくださっていたことに感謝です。しかも、牡蠣の代わりにワタシの好きなつぶ貝。
「お手数をおかけして申し訳ございません。ご丁寧にありがとうございます。」と、笑顔で言うと
「こちらのミスですから。本当に申し訳ございません。」と、ミスだったのになんだか和やかな雰囲気に。
実は、後から聞いたのだが、友人は待ち合わせの時にお店の出口から入ってしまい(お店に入口も出口もないと思うのだけど)、その時に店員さんにやや冷たい態度を取られたそう。
「美帆子さんの感謝の言葉と笑顔で、店員さんの雰囲気が変わったよ!」と、友人からも笑顔で言われて、ワタクシ1人ガッツポーズ。勝ったな!(何に笑)
そんなこんなで、オーダーしたワインを味わい「美味しいねぇ。」と2人で話していたら、ソムリエもやってきて3人で楽しく話が弾みました。
楽しさとか笑顔って、さらに楽しさと笑顔を生むのよねぇ。倍増して循環していく。
それは決してこちらが下手に出るのではないし、愛想笑いをするのでもない。客として食事を美味しくいただくための最低限のマナーとも呼ぶべきかしら。仏頂面して食べたって美味しくないものね。その時、夏目漱石のとある言葉をふっと思い出したのでした。
「愛嬌というのはね、自分よりも強いものを倒す、柔らかい武器だよ。」
これは、漱石の初めての連載新聞小説「虞美人草」の中の言葉で、青年2人が山道を歩いている時の会話の中でのセリフです。
かつてこの小説を読んだ時、この言葉が強く心に残ったのでした。
そもそも愛嬌とは「にこやかで可愛らしいこと」「ひょうきんで憎めないしぐさ」の意味のほかに、もう一つ大きな意味があります。
「相手を喜ばせるような言葉、振る舞い」
前述したように、それは心にもないようなお世辞を言うことではなく、人間関係を円滑にするための言葉、振る舞いのこと。
やはり、感謝や笑顔、丁寧な言葉。
可愛いいという「武器」が、悲しいかな、少しずつ自分のテリトリーから離れつつあるウナタレ世代。
でも、「愛嬌」を3番目の意味で捉えると、わたしたちも漱石の言葉のように「柔らかい武器」として使っていくことができるのです。今回のディナーでの最初のジャブで好印象を持ってくれタコとは、とてもありがたく、そこには、接客が最悪!といわれるような店員さんの影も形もありませんでした。
100年以上前の言葉なのに、現代でも通じる言葉を残しているなんて、やはり夏目漱石はすごい!
そういえば、農民から出世をして天下をとった豊臣秀吉は、人たらしで愛嬌のある人だと言われていた。
まさに「愛嬌」は柔らかくて最強の武器!
そんな武器を使った夜は、素敵な接客を受けながら、美味しいお食事と美味しいワインとで楽しく更けていったのでした。
どこのお店かはヒ・ミ・ツ笑。
[この記事を書いた人]伏見美帆子
ブロガー。 「文字つづりすと」という肩書きを勝手につけてつぶやく日々。 時々、その人のための物語を書くサービスをしている専業主婦。 14年にも渡った介護生活では、推しの存在が支えとなった。アロマとお香とアートも好き。 1967年生まれ。