NEW TOPICS

  1. HOME
  2. ブログ
  3. COLUMN
  4. 21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

「忙しい」ですべては許されるのか?~第15週「女房は山の神百石の位?」~

ずっと心配していました。寅子は暴走する人だから。やっぱりオトコ化してましたね。ていうか、こういうことに、男も女もないってことを描いた「虎に翼」はすごいと思います。

男だから、じゃなくて、外で仕事してればそれでいい、となると、こうなっちゃうってこと。

自分はやることをやっている。いつも家族のために頑張っている。悪いところがあれば言ってくれ。言ってくれれば直すから。なんで言わないんだ? なんで黙ってるんだ? 言わなきゃわからないじゃないか、みたいなやりとり、アルアルすぎる! 寅子より花江に感情移入した人、多かったんじゃないでしょうか。

「忙しくて」の肯定と代償

有能な寅子は、人材不足も相まって引っ張りだこです。多忙の極致。家に帰ってもまだ仕事をしてる。日曜日も呼び出される。

こういう「忙しさ」が、時に充実感や楽しさ、「成長してる、認められている」感につながるのが、「好きな仕事」をしている時。好きな仕事は、時間も苦労も忘れさせてくれます。

でも、1日は24時間しかない。寅子、自分のことだけに24時間を使ってない?

あなたには優未という娘もいるし、直明という弟も一緒に暮らしてる。花江や花江の家族も、一緒に暮らす大事な家族のはず。

もちろん、その「大事な家族」のために働いている、という自負があるわけですが……見えてませんよね、周りのこと。見なくてもいいように、花江たちがしてくれている、ということにも、気づいていませんよね。

残業なく家に帰れれば、家に仕事を持ち帰らなくても済めば、今で言えば、家まで電話やメールで指示が飛ばなければ、外で仕事をしている人も、家の中を管理している人も、一緒に夕食を食べながら、その日のことはその日にコミュニケーションを取れる。その場で解決できなくても、少なくとも課題を共有することは可能です。

でも、実際は「忙しいから」「疲れているから」家のことまで気が回らないし、花江のように、家庭のことを一手に引き受けてくれてくれる人がいれば、その人に頼るようになる。「私稼ぐ人、あなた守る人」の役割分担ができている、という共通認識があれば、これはこれで一見合理的です。

でも。外で働く人にはなかなかわからない。「すきま仕事」の担い手が、心を蝕まれていくことを。

「すきま家事」の徒労感

たとえば、

「明日着るから、クリーニングを取ってきて」

「宅配便が来るから家にいて」

「役所に行ってきて」

「町内会の集まりに行ってきて」

「病人に付き添って、病院に行って」

平日、フルタイムで働いている人にはできないから、家庭にいる人がやることになる。家庭にいる人は、いつ起こるかわからない何かのために、常に「ウェイティング」。

家族のために必要な、大切な家事であっても、それは、別に自分じゃなくてもできること。でも、いつの間にか、自分がやることになっている。そうだったっけ? なんか、便利に使われてない?

「自分のやっている“すきま家事”は、大切なことだけど、自分の成長にはつながらない」その徒労感が、次第に大きくなっていきます。

それを解消してくれるのは、家族からの感謝。それしかありません。家事も育児も介護も、大変さをわかってくれているという実感や、「本来はみんなでやるべきこと」という合意と実践がなければ、ただ「面倒を押し付けられている」とさえ感じてしまいます。

「言ってくれればやるのに」

いやいや、やれないでしょ。あなたは外で仕事してるんだから。そういうことじゃないんですよ。家にいる人は、外で仕事して疲れてくる人をめいっぱいリスペクトしています。

つまり、忙しすぎるんですよね。それが全ての元凶です。あなたが悪いわけじゃない。だから、これ以上負担をかけたくない、いらぬ心配かけたくない。そういう思いから、一日送りにしてしまう。

……それが、どんどん心の「ずれ」を大きくしていってしまい、いつかは必ず、爆発するのです。早めに爆発しなければ、家庭は崩壊してしまいます。崩壊する前に、ちゃんと向き合う。向き合う時間をつくる。これ、とっても大事。

「完璧」でなければならない、という呪縛

世の中には、仕事がデキる男もいれば、デキない男もいる。怠け者もいる。でも、男性社会の中で女性が伍して働く時、「仕事のできない女」ではいられない。「だから女は」と言われ、そこに居場所はなくなります。勢い、人より完璧に仕事をこなそうとするようになりますよね。そのために、時間的精神的皺寄せは「家庭」が負うようになるのです。

けれど、仕事だけでなく、家庭のことも「完璧」でなければ認められない、と思ってしまったのが、寅子だったのかもしれません。

猪爪家の日常を取材に来た記者の高橋は、すぐさま「盛られた」家庭像を見破ります。

「いつも家事してないの?」

あの時、なぜ寅子は、「家のことは全部花江に任せてしまって。忙しすぎて、娘のことも全部」と、正直に話さなかったのでしょうか。その方が、ずっと寅子らしかったし、そう話していれば、花江も自分の存在価値に自信が持てたのではないかと思います。

それをやれなかった寅子は「完璧病」に陥っていたのかもしれません。

間違い続ける主人公・寅子

普通、主人公は正しい人です。なぜなら、主人公は視聴者の「代弁者」だから。「寅子は私だ!」そう感じられて初めて、感情移入できる。

でも、寅子は、時にヒンシュクを買う。自分を曲げないし、正しいようで、どこかずれていることがある。寅子がどんどんオトコ化して、周囲のことが見えなくなって、ともすれば傲慢になっていく過程に、視聴者は居心地の悪さを感じることすらあるでしょう。

「虎に翼」を見ていて思うのは、これが「夢物語」ではないということです。ある意味、一つも課題は解決しない。矛盾は矛盾として、理想に追いつかない現実は現実のままあって、寅子はその中でうちのめされ、もがき続ける。子育ても、そう。思ったようにいかないのが、子育て。自分の子どもなのに、ちっとも理解できない。「はい」と言った、子どものその言葉を信じていいのか、いけないのか。信じられない自分も嫌。でも、子どもは親の顔を見て、親のためにウソをつくものなんですよね。

寅子は転勤を機に、自分と優未を守ってくれていた、花江たち家族と離れることを決意します。普通考えて、これだけ助けてもらっていても何もできていなかった寅子が、優未と二人だけで新潟でどうなるの?と思いますよね。

でも、寅子の気持ちもわかる。ここで優未の手を放してしまったら、一生親子の絆を結び直すチャンスはなくなる、と。

「一緒に新潟に行ってくれる?」という寅子の懇願に、「はい」と即答した優未。大丈夫なんだろうか。すごーく心配です。

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

関連記事