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21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

あなたの「ゆずれないもの」って何ですか?~第20週「稼ぎ男に操り女?」〜

今週は、ものすごくたくさんの話題がありました。寅子は東京に戻り、家庭裁判所で新たなポストに就きます。久しぶりに花江たちとの生活ですが、弟の直明の結婚のことでゴタゴタ。寅子自身も航一とのつきあいについて、新しい局面に入ってきました。簡単に問題が解決しないのは、どの人も、自分にとって「ゆずれない」ものを持っているから。相手の「ゆずれない」ものを大切にするために、自分の大切なものを手放すことはできるでしょうか。

いつもより長い文章ですが、小見出しごとに取り上げる登場人物が異なるので、興味をあるところを中心に、ぜひ最後までお読みいただきたいと思います。そして、あなたにとって、本当に「譲れないもの」は何なのか、これを機会に考えてみてください。

花江にとって「同居」は不幸の始まり

結婚したら、親と同居なんかせず、夫婦で独立して住むべき。花江は直明が「同居したい」と言った時、言下に拒否しました。それは、自分の新婚生活の時のしんどさを、お嫁さんに味あわせたくなかったからです。仲良く暮らしたい、と思えば思うほど、夫の家族の風習に合わせようと努力し、その結果自分らしさを失って、苦しかったあの頃。

「寅ちゃんみたいに、結婚は選択肢の一つ、だなんて思っている人は少ないの! たいていの人にとって、結婚は憧れであり、人生のゴールなのよ」

1950年代、それは、新しいジョーシキと古いジョーシキがせめぎ合う時代でした。

花江の「結婚したら夫婦は別居」「嫁姑でいがみあうのは自分が最後でいい」は、新しいジョーシキです。

それでも、女の子に「なりたいもの」を聞けば、「お嫁さん!」と答えるのがフツーだったし、「そんなことじゃ、お嫁の貰い手がなくなるぞ!」という声が、家の中でも街中でも、決まり文句のようにして飛び交ったものでした。

花江が危惧していたのは、「同居したい」と主張しているのが、夫側の直明であること。この時代、女性が好きな人に同居しようと言われて拒めるものではない、そもそも、同居がどんなものなのかわからずに、ホイホイ了承しちゃうかもしれない。同居してもライフスタイルを変える必要がない直明が安易に決めることじゃない!……というわけです。

でも、直明が「同居したい」と思うその心には、特別な事情がありました。

直明が願う「同居」には特別な意味があった

「結婚後は男性の家族と同居する」は、外見的には「古い」ジョーシキだったかもしれません。でも、直明が同居を願ったのは、「それがジョーシキ」だからではありません。

その理由は、「さみしいから」「こわいから」

直明は、岡山の全寮制の旧制中学に進学、東京を離れて生活をしているうちに戦争が起きてしまいました。家族のもとに帰ってこれたのは数年後、戦争が終わってからです。その間、長兄・直道の出征にも立ち会えませんでした。誰が命を落としても不思議でない状況で家族から離れ、孤独に過ごさねばならなかったことにより、十代の直明は心に重大な影を抱くようになっていたのです。

この時期は、悲惨な戦争体験でいわゆるPTSDに悩まされ社会生活が営めなくなった男性もたくさんいたでしょうが、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉もなく、彼らの心の葛藤は無視され続けました。

「理屈じゃないんだ!」

そう言って、どうしても同居したい、と譲らない切羽詰まった思いは、どのくらい理解してもらえたでしょう。大のオトナが「さみしい」「こわい」を理由に親との同居を求めるなんて、この時期、フツーではありませんでした。

男性が「男らしさ」を強いられる社会で

三船敏郎を起用したCM「男は黙ってサッポロビール!」が一世を風靡したのは、1970年。戦後四半世紀すぎても、「女は女らしく、男は男らしく」のジョーシキが社会を席巻していたことを考えると、1950年代は、つい10年前まで徴兵制があり腕力の強さが男の象徴で、ちょっとでも弱音を吐くと、「男らしくない」「女のくさったようなヤツ」と罵倒され、果ては「少し鍛えてやらねば」と集団で殴られたりすることもあった、現在では考えられないような時代でした。

そこまででなくても、社会人として立派に生きている男性が、精神的な不安感から「家族といたい」と願う気持ちは、なかなか受け入れてもらえません。

「そんな気持ちで結婚するなんて、無責任だ」と言われるのがオチです。

その気持ちを、一番大切にしてくれたのが、婚約者の玲美でした。

「なんでも私の言う通りにしてくれる人が、唯一結婚の条件にしたのが、“同居”だった」

それくらい、「譲れないもの」ということ、とても大事なことなんだ、と思ってくれたのです。

「新しい女」登場

玲実(菊池和澄)は、まさに「新しい女」の象徴です。男性も女性もなく、一人の人間として直明をまっすぐにみつめている。

「そもそも、結婚したいわけでもない」とさえ言って、形式にもこだわっていない。

嫁姑問題で自分が折れようとも思わないし、花江のことも、「直明さんの(お兄さんの妻であって)母親(つまり姑)ではありませんよね?」と論理だててあっけらかん。

花江も寅子も、戦前の、女性が自由に羽ばたくことを厳しく禁じられていた時代に少女時代を過ごしました。そこから一つ一つ、絶対に譲れないものを手にするために、あらゆる努力をして、花江は「不自由な社会に従いながらも、自分らしく生きる」道を、寅子は「不自由な社会に抗って“地獄”を見ても、自分らしく生きる」道を歩んできました。

玲実は違います。戦後の民主的な空気な中で、大学に通いました。「女に学問は要らない」と、大学に通うことさえ認められなかった時代とは、全く異なるのです。

「山田轟事務所」誕生

ついに、よね(土居志央梨)が弁護士になりました。明律で学んだ同期5人(寅子・よね・涼子・梅子・ヒャンスク)の中で2人目の弁護士誕生です。

寅子はよねを絶賛します。

「自分を曲げず、何も変えず、よねさんのままで、すごいわ」

戦前、短髪に男装(スーツ姿)、男言葉といういつも通り(だが社会的には異例)のいでたちで口頭試問に臨み、それが試験官の露骨な嫌味を生じさせて不合格の憂き目を見たよねでしたが、「自分らしさは絶対に曲げない」という思いで次も受け、また落ちていました。

彼女の「譲れないもの」それは、「女を捨てる」ことでした。

よねは女性としての幸せと思えるものは、すべて捨てました。女であったために親に売られ、性奴隷としてひどいめにあった姉。自分は姉のようにはならない。姉のような女性を一人も生み出してはならない。

戦後は弁護士になることよりも、法律の知識を今生かして困っている人を助けるほうが先、と割り切り、すでに弁護士であった轟の事務所を支えていました。

戦前も戦後も、裕福な暮らしとは縁がなかったよね。

寅子が「法律も結婚も子どもも」、その上、夫と死別後は恋人までできて、その恋人も法曹界の重鎮の息子で名家の男性、と、世の中でいう「幸せ」をいくつも享受しているのに対し、よねはただ、「譲れないもの」を守り抜くために、一生を法律に捧げています。

そんなよねが、晴れて弁護士となったとき、「轟法律事務所」は名前を「山田轟法律事務所」に変更します。弁護士が2人ですからね。

「轟山田」にするか「山田轟」にするか、それは「じゃんけんで決めた」というのです。

ここに、轟の懐の深さを感じます。

夫婦別姓問題にも関係することですが、自分が長く使ってきた名前を変えることに、抵抗のない人はいません。自分の分身として慣れ親しんだ名前です。轟にとっても「譲れないもの」だったでしょう。

よねに至っては、さらに大問題です。長年、轟の下でやってきた。同期なのに。同等なのに。もしかしたら自分の方が優秀だったかもしれないのに。弁護士か否か、その資格のために、サポートに甘んじてきた。

もし「轟山田」になったら、轟に対する「従的立場」がずっと続くような感覚を拭い去れなかったに違いありません。

「じゃんけんで決める」という手法は、乱暴なようで「平等」かもしれません。「どちらに決まっても、それは偶然」だから、負けても受け入れやすい、ということなのです。

しかし、見方を変えれば、2人とも本当に「譲れないもの」は守ったのです。

それは、「2人で弁護士事務所をやっていく」ということ。

「轟山田の順じゃなきゃ、お前とは仕事をしないぞ!」とはならなかった。最高のバディとしての、信頼と尊敬。それは、変わりません。

名を捨てて実をとった。それが、轟なのです。

轟のカミングアウト

恋人の遠藤(和田正人)と長椅子に肩を寄せ、手をつないで眠っているところを寅子に見られた轟は、とりつくろう遠藤を優しく制し「今、俺がお付き合いをしているお方だ」と寅子に紹介します。

轟(戸塚純貴)が女性より男性に惹かれることは、よね(土居志央梨)に見破られていたし、轟自身、「俺にもよくわからない」と答えながらも同級生の花岡への特別な思いは口にしていました。髭を生やし、肩をいからせ、大声で「男らしさ」を演じていた学生時代。それは、「社会のジョーシキ」から外れている自分を認められないまま、無意識に行ったカモフラージュだったことでしょう。

寅子は、戦前生まれの設定でありつつ、視聴者つまり21世紀を生きる私たちの「ジョーシキ」を体内に持って、「はて?」と言い続ける人なので、戸惑いながらも轟と遠藤の関係を受け入れます。が、これ、50年代、かなりレアです。

「カミングアウト」という言葉もなかった時代ですから。

自分と同じ指向の人同士でなければ、家族にも友人にも絶対に知られないようにしていた。家族や友人なればこそ、絶対に言えなかった。そういう時代です。

だから、轟のカミングアウトは「新しい」。

壁には新憲法第十四条の一文が大きく書かれています。

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

自分たちの関係を表に出せない今の状態は、この憲法に照らしてまっとうと言えるのか?

法律を学び、法律を信じ、法律で社会を照らす人間の一人として、轟は自分のためだけでなく、多くの「カミングアウト」できない人たちのために、一歩を踏み出したのです。

一瞬ひるみながらも轟を信じ、小さくうなずいてカミングアウトを了承した遠藤の、小動物のようにおびえた瞳が忘れられません。

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

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