21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち
「誰でもいい、結婚したい!」は人生に幸せをもたらすか?~第七週「女の心は猫の目?」~
「知ってた? 結婚ってワナよ!」と言っていた寅子が、自ら進んでお見合いをする決意をします。その理由は、「未婚のままでは一人前の社会人として扱われないから」。
あれあれ? 寅子、「結婚はワナ」だったんじゃなかったっけ?
「結婚はワナ」だったんじゃないの?
ようやく弁護士になれたというのに、寅子に弁護してもらいたい人は現れません。男性は愚か、女性までが「男性の先生にお願いしたい」と言うのです。そしてその原因を、寅子は「結婚していないからだ」と考え、「とにかく結婚しよう!」と決意します。結婚すれば、この〈地獄〉から逃れられる!と。
寅子は「男性だって、社会的に認められるために結婚するじゃない!(だから、女性がそういう考え方をして何が悪いの?)」と、自分の考えを両親に打ち明け、見合い相手を探してもらおうとします。見合いを拒否し、母親のはるに「あなたの行く先には地獄が待っている」と言われたところから始まった寅子の法律人生からすれば、これは相当な決断です。結婚せずに勉強に突き進んだのが「地獄の一丁目」だとすると、ここは「地獄の二丁目」あたりでしょうか?
寅子は「女性も結婚すれば、なんとかなる」と思っているみたいですが、「結婚したら一人前」と周囲が認めるのは、男性の場合だけなんですよ。寅子は、梅子さんのことをどんなふうに見ていたんだろう? 弁護士夫人であることが、梅子さんにとっては魂の牢獄だった。それを間近で見ていたはずなのに……。
戦前の法律では、結婚すると、妻は子どもと同じく、「弱き者」「守るべき者」として夫の管理下に置かれる。財産権もない。「自由」はない! だから結婚しない道を選んだはずなのに、「社会的地位を得るために、便宜的に結婚する」なんて!
その「便宜的」が、自分で自分をワナにはめているって、考えないの?
少しずつ、「安定」の方へ足が向いてしまう寅子の様子に、同僚の山田よねは、
「逃げ道を手に入れると、人間は弱くなる」と警鐘を鳴らしますが、その言葉が耳に入らないくらい、寅子は切羽詰まっている。でも寅子よ、ちょっと立ち止まって、頭を冷やした方がいいんじゃない?
「○○していない女性はダメ」は永遠に続く
同じ女性からも歓迎されない、女性が自分の弁護を望まない、ということに、寅子が相当ショックを受けたのはわかります。そういう女性、今でもいますよね。女性の上司、女性の教師、女性の政治家、女性の「士業」を、なんとなく「頼りない」と考える女性たち。
典型的なのが、教師でしょうか。若い女性教師に向かって、保護者は言います。特に母親。
「あなたは結婚していないからわからないのよ」。結婚していても、「あなたは子どもを産んでいないから」。じゃあ、子どもを産めば一人前に扱ってくれるかといえば、真逆です。
「教師としてプロじゃない。産休の間、生徒たちは違う先生になって戸惑うじゃないですか」
私の子どもが小学生の時、とても素晴らしい先生が担任だったのですが、2人目の妊娠がわかった時、「どうしよう、また休むのかって怒られる!」と顔を曇らせていました。結婚して、好きな職業について、子どもができて、幸せいっぱいなはずなのに。
育休制度が整った今も、多くの女性は「給料泥棒」並みに陰口を叩かれています。「あなたのせいで私たちの仕事量が増える」とも。「子持ち様」と揶揄するのは、男性だけではありません。
戦後、男女平等が謳われ、1980年代から男女雇用機会均等法が施行され、女性が男性と「同じように」社会進出できる環境が整った時、働く女性は常に「男並みに働け」と迫られました。その上、家事も育児も女性はしなければならない。実質「男以上に働け」であり、そうしなければ「だから女は」「社会人として自覚が足りない」などと烙印を押されてきたのです。
寅子にプロポーズしなかった花岡
「花岡くんはどうしたの?」
はるも直言も、娘の相手として同級生の花岡(岩田剛典)をマークしていた模様。というか、本人同士、惹かれあっていたし、寅子もきっと花岡との結婚を理想として思い描いていたことでしょう。自分のことを理解してくれるし、優しいし、(イケメンだし、法曹界でも有望だし……)
いつかプロポーズしてくれるだろう、と、漠然と思っていたはずです。
でも、その日は来なかった。
寅子が「恥をしのんで」見合い再開のお願いをした理由の「最後の一撃」は、花岡の婚約でした。偶然の再会、そこでの婚約者の紹介の仕方に、轟は「あんまりだ!」と怒るけれど、私はかえって潔かったと思います。現在の婚約者を優先に物事を考えるのは当然です。
ただ、彼は優等生すぎたんでしょうね。すべての条件をクリアしなければ、と考えてしまった。そんなこと、誰にもできないのに。
彼は、佐賀に帰らなければなりませんでした。自分の立場で妻を娶れば、封建領主的な家父長制度と男尊女卑精神のはびこる場所に、寅子を閉じ込めることになる。東京だからこそ、同級生だからこそ対等でいられる寅子との関係は、そこでは崩れるし、自分には寅子の精神を守り切れる自信がない。
「好きだけど、結婚したいけど、できない」と言わず、それが「寅子が弁護士を続けているからだ」とも「佐賀についてきてくれないからだ」とも言わず。
だけど、「僕は全てを捨てて君と一緒になる」とも言わず。
「好き」だけで、結婚は、できない。
花岡は、最後まで「優等生」であり続けたのだと思います。人はそれを、「優柔不断」ともいいます。寅子の将来を思い、さらに自分の将来も思った時、寅子との結婚は〈地獄〉にしか映らなかったのでしょう。
寅子の望む「結婚の形」は、お見合いで成立する?
お見合いというのは、双方が望む結婚観が一致した時にご縁が結ばれるシステムです。当時の日本で、二十七歳で弁護士資格を持ち、これからも弁護士として働きたい寅子を、「見合い」という形で受け入れてくれる人がいる、とは思えません。十代でお嫁入りして、二十七歳にもなれば、二人や三人の母になっているのが普通の世の中です。
夫や舅や姑の世話、家の切り盛り、大きな家となれば使用人の管理。主婦に求められることは、家事だけではないのです。独身時代に社会に出ていたことはいいとしても、今後も働き続けるなど、寅子の性格や人柄を知らない人たちにすれば、当時は「見合い」の段階で「落とす」選択肢になりこそすれ、「選ぶ」選択肢にはなり得ません。
最近の結婚マッチングサービスでは、「女性には結婚しても働き続けてほしい」という男性が増えているので、時代は変わりましたね。でも、たとえば、「子どもがすぐにほしい」という人と「今はまだ」という人の間では、お見合いではご縁はなかなか結ばれません。見合いでは「条件」が優先されるからです。
「誰でもいい」婚は、誰を幸せにするのか?
そこへ救世主! 優三(仲野太賀)です。
「誰でもいいなら、僕でもいいですよね」
前から、寅子のこと、好きだったよね。優三にとっては、これは「お見合い」ではなく、恋心のなせる告白だったのです。かつては猪爪家の書生、いわば使用人の「分際」で、お嬢様との結婚を望むのは、とても勇気が要ること。優三はその勇気を振り絞って、プロポーズしました。
「俺にはわかる! わかっていた!」
第一回の放送で、と2人の駆け落ちを「妄想」した兄の直道(上川周作)の声が聞こえてきそうですが、K Yな寅子は一向に優三の気持ちに気づかない。
「そうか、優三さんも、早く結婚して、社会人としての地位を確立したいのね!」
ちがーう!
母親のはるまでが「優三さんにとって、寅子との結婚の〈うまみ〉は?」って……。
心優しい優三さんは、「寅ちゃんが好きです!」と言わず、天涯孤独の自分が猪爪家の一員になることがうまみである、と寅子の〈理論的妄想〉につきあって、フィフティフィフティの関係だと周囲を納得させるのでした。
今のところ、寅子は優三が自分に恋していると全く気づいていません。だから、初夜もそのまま床を2つ並べてそれぞれ寝るだけ。
寅子にとって優三との結婚は、「独身時代、一番の話し相手だった優三が、一旦家を離れていたけれど、また家族になってくれた」くらいのノリです。それは居心地がいいはず。肩書だけが、「未婚者」から「既婚者」になった。看板が変わっただけで、中身は女学生時代と変わらない。彼女にしてみれば、家も暮らし方も考え方も、1ミリも自分を変えなくていい、最高の結婚です。
では、優三にとっては?
優三にしてみれば、「寅ちゃんと一緒にいられる」ことが最大の旨味なのかもしれません。
「僕は前から寅ちゃんが好きだったんだけどね」
初夜の眠りに落ちる前のその言葉、寅子の胸にどれだけ響いたかな?
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」