
『唇にレボリューション!更年期にパッション!』
私の唇、どこへ行ったのか問題
「歳をとると、唇が濁るのよ。」
これは、若かりし頃の私に母がつぶやいた、妙に沁みるひと言である。
母は、ほぼすっぴんで生きているような人だった。
ファンデーションもアイラインも使わない、チークもアイシャドウも持っているのを見たことない。いま思えばミニマルライフの先駆者とも言えるが、当時はただの“飾らない人”だった。
でも、そんな母でも、絶対に欠かさなかったのが口紅だった。
どんなに荷物が軽量化されても、ポーチには必ず資生堂の口紅が一本。
旅行にも、法事にも、もちろん仕事にも、口紅だけは肌身離さず。
まるで御守のように。
「なんでそれだけ?」と聞いた高校生の私に、母はぼそっと言った。
「歳をとると、唇が濁るのよ。」
…濁る? 何それ、水? 池? 湖?
あの頃は理解できなかったけれど、あの言葉が見事にブーメランとして戻ってきた、今日この頃。
お母さん。あれ、ほんとだったわ。
あのとき母が言っていた「濁る」。
今、その意味が、痛いほどわかる。
若い人間の唇は、何もしなくてもピンク色で輪郭もくっきり。
それが年齢を重ねるにつれ、色はくすみ、明らかに絵の具で黒を混ぜたような色味に変わっていき、存在感が薄くなっていく。
顔のパーツは一気に“ぼんやり”する。
それが老眼のせいなのか、造形のせいなのかすら、“ぼんやり”なんだけど。
で、やっとわかるのだ。
母のポーチにいつも口紅が入っていた理由が。

CMからの狙い撃ち
「また昔話かよ」と言われそうだが、それを気にする段階はとっくに過ぎているから、大丈夫。
中年とは、懐かしさに弱くなる生き物である。だから許してほしい。昔話を続けます。
ふと流れたあのイントロで、私は一瞬、あの頃の自分に戻ってしまった。
少し前のこと、CMから流れてきた渡辺美里の「マイレボリューション」に、まんまと心を撃ち抜かれた。
それがティントリップのCMだった。
~♪ わかり始めた My Revolution 明日を乱すことさ
やめて。刺さる。刺さりすぎて血が出る。
「マイ レボリューション」は、制服のリボンをわざとルーズに結んで、窓の外に意味もなく未来を感じていた80’s少女達のBGMだった。女子校を舞台にしたドラマ『セーラー服通り』の主題歌で、渡辺美里の澄んだ声が「なにかが始まりそうな気配」を漂わせ、未来には自分にもドラマが待っているような希望を想起させた。
~♪ 夢を追いかけるなら、たやすく泣いちゃダメさ。
って唇を噛み締めるだけで、口紅なんていらなかった。
未来を夢見たあの曲が、今は「現実のくすみ」のアンセムだよ。
あの頃の自分に伝えたい、人生の革命、まだ起きてないよ。
いつ開店しているかわからない、古い蕎麦屋かよ
翌日、私は近所のドラッグストアに直行。悔しいけど買っちゃった。ティント。
鏡の前で「マイレボリューション」が頭の中で再生される中、私は唇に色をのせる。
唇の色に合わせて、自分の肌の色にあった色を選んだら、熟れすぎたプラムみたいな色で、若干ショックだったけど。
塗ると見事に、ほんのり、輪郭が戻る。
血色が戻る。
何より、自己肯定感が、ほんの少し戻る。
最近の私は、唇に色を足すことで、なんとか顔全体を「営業中」という状態に見せかけている。
じゃないと、外面の体裁が「いつ開店しているかわからない古い蕎麦屋」みたいだからだ。
朝、ダル重な身体を起こし、ヨレたスウェットのまま鏡に映る自分を見ると「このままフェードアウトしていくのでは?」という、更年期特有の漠然とした不安がよぎる。
やる気? ないよそんなもん。どこかに置いてきた。たぶん布団の中。
そんな私が、出かけるときにリップだけは塗る。
ティントをひと塗り。なんとか輪郭を取り戻し「開店」の看板を出すことができる。
服を着替え、まつ毛を上げ、なんとなく今日も出陣。
まず「顔からやる気」を装うしかないのだ。
きっと母も、そうだったのだろう。
あの一本の口紅で、忙しい日々を乗り越えるための「顔」を作り、外向きの自分を開店していたのだと思う。
私も、鏡の前でリップを引き、小さな開始ボタンをカチっと押す。
唇に、レボリューション。
顔に、リアクション。
そして更年期に、パッション。

[この記事を書いた人]ウナギタレ子・タレ美(Taleko/Talemi)
加齢応援マガジンUNATALE編集部
姉のタレ子1972年生まれ、妹タレ美1973年生まれの更年期姉妹。
夜な夜な子供部屋で聴いていた「オールナイトニッポン」が今の姉妹の人格形成に影響を与えている。「A面」よりも「B面」、「ゴールデン番組」よりも「タモリ倶楽部」を愛する、根っからの「裏面好き」。SNSには露呈しないウナタレ世代のリアルな叫びを届けたいと日夜、奔走している。
ポリシーは「Your nudge, no tale」(ウナギノタレ)=「理屈こねてないで動こうぜ」