本気で恋をした3人の男たち
仕事帰りの小田急線の中で、急にユーミンの「ハルジョオン・ヒメジョオン」が聴きたくなってイヤフォンを着けた。この曲が入っている「紅雀」はユーミンのアルバムの中でもお気に入りのひとつ。電車の出発前から車内アナウンスでは、大雨で小田原線の秦野から先が運転を中止していると繰り返し伝えている。九州に近づいている台風の影響は遠く離れた関東でも始まっている。
そんなアナウンスとは別世界のように、私はイヤフォンから流れる歌を聴きながら大昔に好きだった人の顔を思い浮かべていた。この歌と彼が結びついているのは「川向こうの街から 宵闇が来る」という冒頭部分が川向こうに住んでいた人を連想させるからだ。実際、このアルバムを聴きながら彼の家までクルマを走らせたことがあったかもしれない。
その人は新卒で入った会社の1年先輩だった。彼には大学時代から付き合っている素敵な彼女がいて、翌年の春に結婚することが決まっていた。私にも長年付き合っている同級生の彼氏がいたけど、お互いに惹かれあって何度かデートした。彼の同期10人程と私の同期10人程で親睦会があった時には、途中2人で抜け出して2件目に行って、その日彼と一夜を共にした。私にとって2人目の男だった。お互いに決まった相手がいたからそれ以上に発展させるつもりもなく、初めからいっときの短い恋という感じだったけど、それがまた良かったのだ。
私は中学生の時から1人の人とずっと付き合っていたわけだけど、その始まりは寝ても覚めても彼のことを考えてドキドキしているような大恋愛だった。そのまま付き合って23歳のこの時まできたのだから、もうこの先誰かを好きになって胸を熱くすることはないだろうと思っていた。ところが思いがけずときめきめいた。ドキドキしてアドレナリンが全開になる。そのことがとにかく嬉しかったのだ。
こうなると毎日会社に行くのが楽しくて仕方ない。そして、好きになったらその恋を成就させなければ気が済まない肉食系である。あの頃は自分が恋愛体質だとは思っていなかったけど、今にして思えばなかなかの恋愛体質だ。普段はクールなのに一旦火がついたら肉食系に変貌する。そして1度食べれば気が済む。笑
次にときめいたのが52歳の頃で、相手はフランス語の先生だったダーリンである。彼が3人目の人。彼のことは本当に好きで好きで、なんとかして仲良くなりたいと色々画策した。
レッスン以外の時間に会いたくて美術館に誘ったり、彼の好きそうな器のお店に誘ったり、飲めもしないくせにワインを定期購入して貯まるとワインパーティーを開いたりして。そうこうしているうちに本当に仲良くなって、うちの冷蔵庫を勝手に開けるまでになったけど、何しろ彼は20歳も年下なので、流石の私も恋人にするのは気が引ける。
それで今生は親友で甘んじようと決めていた。でも、好きになったら1度はその恋を成就させなければ気が済まない肉食系ゆえ、あるパーティーの日に終電を逃した彼をうちに泊めて、襲った。笑
それは1度限りの出来事だったけど、その後もずっと仲良しで、彼が結婚して奥さんの実家のある静岡に引っ越してからは、毎月のレッスンのために東京に来るときは我が家に泊まることもあった。当時は4LDKの一戸建てに1人で住んでいたから部屋は余っていたのだ。朝、別々の部屋から出てきて「おはよう」と挨拶をして一緒に朝食を食べる。彼はいつも「ユリコのコーヒーは本当に美味しい」と褒めてくれた。こんな素敵な朝を経験できれば、もう何もいらないでしょう。ホント、気が済んだわ。
燃え上がるように恋した相手はこの3人。6年半付き合ったハニーは、そういうのとはちょっと違うけど、それはそれで楽しかった。こうして振り返ると、やっぱり恋愛は楽しい。若い子たちは恋愛に興味がないらしいけど、勿体ないことだと思います。みんな、恋をしようよ!
[この記事を書いた人]やまざき ゆりこ
娘2人がまだ幼い30代前半のときに在宅ワークができるという理由でコピーライターになる。同時期に、伯母の勧めで書と墨絵を始め、以来文章を書くことと絵を描くことがライフワークに。6年前、思いつきで始めた日本画で色の世界にハマり、コロナ禍のおうち時間に身近な動物を描いていたらいつの間にかペットの肖像画家に。57歳で熟年離婚。現在はフリーペーパーのコピーライターをしながら、オーダー絵画の制作に勤しんでいる。着物好き、アート好き、美しいものが好きな1957年生まれ。
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