21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち
あきらめる決意、あきらめない決意 ~第六週「女の一念、岩をも通す?」~
ついに、寅子が弁護士資格試験に合格! 口頭試験2回目にしての快挙です。ほかに久保田・中山の先輩2人も合格。しかし、よねは落ちました。そして、優三も。次の年もまた受けるのか、それともあきらめるのか。それぞれの決意が、丁寧に描かれます。
優三はなぜ、弁護士の道をあきらめたのか
優三(仲野大賀)は書生として猪爪家に住み込み、直言の勤める銀行に職を得て働きながら、亡父と同じ弁護士になるべく長年試験を受け続けてきました。しかし、第一の関門である筆記試験に、なかなか受からない。今回ようやく合格し、口頭試験に進めたというのに、彼はその1回に落ちたことをもって来年は受けない、と決めます。
はて? なぜに?寅子に先を越されたのが悔しいからでしょうか? 同じ家にいながら、女に先を越されてみっともない、と思ったからでしょうか?
それとも、あとから勉強を始めた寅子が先に合格した、ということは、彼女には才能があり、自分にはない、と思い知ったからでしょうか?私はどれも違うと思いました。
彼は、初めて「全力」で試験を受けられたのです。緊張すると、すぐにお腹をこわしてしまう優三は、おそらく毎回不合格になるたびに、
「これは自分の本当の力ではない」
「全力でやったなら受かったはずだ」
と悔しい思いをしたはずです。しかし今回、彼は腹を下すことなく、「自分の持てる力」をすべて発揮した。……それなのに、落ちた。
逆に寅子は、前夜に月経がはじまってしまいました。日頃から生理痛の重い彼女は、試験会場でも座っているのが精一杯という状況でした。だから、寅子は全力を出し切れず、そのため「きっと落ちた」と思い込んで発表の日を迎えたのです。
でも、寅子は合格し、優三は受からなかった。優三の中で、何かが吹っ切れたのだと思います。
受験をあきらめた「仲間」の無念を背負って
「一番になりたい」負けず嫌いの寅子でしたが、合格してもどこか浮かぬ顔。自分でも、どうしてこんな気持ちになるのかがわからないモヤモヤを抱えていました。
が、祝賀会で、ようやくその理由に思い当たった。自分の合格を祝うための、男性の姿ばかりが目立つ、祝賀会の会場で。
「自分より優秀な女性はまだまだたくさんいる。事情があって受験できなかった人もいれば、そもそも試験の存在すら知らない人もいる。だから、合格したから自分が一番優れているなんて、絶対に言えない!」
寅子の脳裏には、明律でともに学んだ仲間たちの顔がありました。
父親の出奔により取り残された母親を守るため、結婚を決めた華族の令嬢・桜川涼子。
離縁状をつきつけられ、下の息子だけを連れて婚家を出た弁護士夫人・大庭梅子。
兄の逮捕をきっかけに特高から目をつけられるようになり、故郷の朝鮮に戻ることにした留学生・崔香淑。
彼女たちは、見た目や物腰はおとなしい。でも、この時代、そもそも女性が弁護士を目指している時点で、すでに「社会通念」から“逸脱”しているわけですから、彼女たちが「受験」に到達するまでの道のりは、並大抵のものではなかったはずです。
しかし、それほど大切な受験を、彼女たちはあきらめた。あきらめざるをえなかった。
皆、無念だったと思います。
でも、無念だったとしても、彼女たちの選んだ道です。
受験しようと思ったところを警察に取り押さえられた、とか、夫に反対されて家に監禁された、とか、あるいは病気や事故で会場にたどり着けなかった、というように「行くはずだったのに行かれなかった」のではありません。
皆、自分自身で「あきらめた」。優三のように。
「あきらめる」は「明らめる」に通ず
何ものかになった人、成功者たちがよく口にする言葉に「成功の秘訣は、あきらめないこと」というものがあります。
どんな困難にあってもあきらめず、続けたからこそ成功した、と。でも、人生、すべてが思い通りにはいきません。
続けたいけど続けられない、ということもあるし、欲しいけれど得られないものもあります。
「こうなればいいのに」「こうなりたかった」と後ろを向いて嘆いていたら、前には進めません。
「あきらめる」は「明らかにする」ということ、という言葉があります。
これまでの自分を肯定しつつ、いったん荷物を手放して、次のステージで頑張る。並大抵の決意ではないかもしれない。でも、自分で決めれば、次の道が開ける。
優三は、明律の仲間たちは、「前向きに」あきらめた。寂しいけれど、残念だけれど、それもまた、人生です。
よねは、絶対にあきらめない
でも、よね(土居志央梨)はあきらめない。絶対にあきらめません。単に「合格する」だけではなく、「自分のスタイルを貫いて合格する」というのが彼女の目標です。だから試験官に対し、笑顔を含めて「優等生」的な印象操作や迎合は一切なし。その尖りに尖った潔さには、本当に脱帽です。
当時、女性が短髪にスーツ姿でいることは、「男装」という「コスプレ」であって、公の場に着用する「正装」とは認められないくらい奇妙ないでたちに見られました。だから試験官も「君はいつまでそんな恰好をするつもりだね?」と揶揄したのです。
そんなことにひるまず、目先の利益には目もくれず、退路を断って社会通念に真っ向から挑み続けるよねは、カッコいい。
そういえば、女子部時代、親しくなったよねに寅子が「よねさんはそのまま、ずっと怒り続けていて。怒り続けることも大切だし、その方がよねさんらしいから」とエールを送っていましたね。
けれど、よねの生き方がすんなり受け入れられる社会は、まだ先。「社会」の壁は厚い。
昭和10年からそろそろ90年経ちますが、就活する女性たちを見れば、染めた髪を黒に戻し、長い髪はうしろに黒ゴムでまとめ、判で押したように膝丈のスカートの黒ジャケットに白のシャツ。
肌色ストッキングに黒のパンプスまで同じ。大学の入学式までもが男女とも黒スーツ一色だったりするわけですから。だれもが「自分のスタイル」を活かす社会への道のりは、遠い。
油断していると、すぐに逆戻り。よねさんの「あきらめない決意」を、私たちは決して無駄にしてはいけませんね。
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」