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21世紀を生きる君に「翼」はあるか?~朝ドラ「虎に翼」と女性たち

「特別な女」たち、ボーイズクラブへようこそ!~第四週「屈み女に反り男」~

第四週、寅子たちは3年間の女子部を卒業し、いよいよ本科で男子学生との共学生活に入ります。「どんなにいじめられるか?」と戦々恐々だった彼女たちを待っていたのは、意外と紳士な殿方たち。視聴者の中にも「拍子抜け」した方、多かったのではないでしょうか。でもこれ、けっこうな「あるある」。経験者は語る。しかしその「あま~い生活」には、本質的には非常に深刻な落とし穴があるのです。

少ない女性に、男性は優しい

かくいうワタクシ、卒業した公立高校が、かつては男子校で、戦後共学になったという背景をもっていました。だから女子の人数が圧倒的に少ない。私が在学していた時で1クラス45人中男子30人女子15人(つまり男女比2:1)、その数年前までは、1クラス48人で、男子36人女子12人(男女比3:1)だったということです。いきなり1:1にできず、段階的に増やしていったのですが、最初に入った女子生徒は、ほとんど寅子たちと同じ気持ちだったでしょうね。

男女比2:1の私でさえ、長い廊下を歩いていて、自分以外一人も女子の姿を見なかった経験があります。いつもというわけではありませんが、そんな現象、中学の時は1回たりともなかったので、入学当初はとても奇妙に感じました。

でも、人って「慣れる」んです。それに、クラスメイトはとっても優しかった。いわゆる「レディ・ファースト」な状況ですね。アメリカ西部開拓時代、白人女性の人数が圧倒的に少なかった西部では、女性を大切にしたのが「レディ・ファースト」の始まりという説がありますが、むべなるかな、という感じ。「女なんて」みたいなことを口にする男子はいなかったし(陰ではわかりません)、容姿で特定の女子をからかうような輩もいませんでした。(ただし、「かわいい子が転校してきた」と言って、そのクラスの教室まで、他のクラスの男子たちが群れをなして駆け付けた、というエピソードはあります。)

個人的には、私は高校生活で「女であるため」にイヤな思いをしたことはなく、その「男女比のいびつさ」さえ快適に思うくらい、楽しいものでした。だから、何の躊躇もなく男女共学の大学に進学した。女子大は1校も受けず。受験候補に挙げるどころか、考えもしませんでした。

だって、この世は男性と女性がいる。この男女平等な時代に、なぜ女子だけで学ぶような、いびつな学校生活が必要なの?

それが、当時の私の率直な気持ちでした。しかし、実は男女共学の大学は、性的役割分担が当然の世界でした。

「男は場所取り、女はおにぎり」の男女役割分担

「虎に翼」では、最初は男尊女卑的思想の偏屈男だと思われていた同級生の轟が、けっこういいヤツで、お茶の間の人気もうなぎ上り。寅子たちがハイキングに行くときも、轟は女性の荷物を持ってくれたりします。

「オトコだ!」「やさしい!」「見直した!」

でもこれ、いわゆるレディ・ファーストですよね。「女性を大事にする」だけでなく、「強い男が弱い女を守る」という意味合いもあります。「女は三歩下がって」という男性ファーストな価値観の男性が多い中、轟は前時代的には非常に優しい男なのでした。

私のクラスメイトたちも、民主的な優しい男子たちばかり。重い荷物は持ってくれたし、飲みにいくと、今でも女性は割り勘より少し安く設定してくれます。そういうのを、私たち女性も、当然だと思って学生生活を送ってきました。

大学野球をみんなで観戦するときは、男子が前の晩から徹夜をして並び、女子は朝早く、男子のためにおにぎりを作ってもっていく。夏合宿では、先輩男子のウエアを洗濯するのは1年生の女子の仕事で、先輩は「ありがとう」とチーズケーキをおごってくれた。

そこに、当時の私は何のギモンも持たなかったのです。

「虎に翼」を見ていて、「この社会はまったく変わっていない」と思う点の一つに、この「おにぎり」があります。梅子は何かというと、「おにぎり」をもってくる。みんな「美味しい」とよろこんでくれる。「梅子さんのおにぎりは最高」。

私も「仲野の持ってくる稲荷寿司は最高だな」とよく言われました。私じゃなくて、母親が作ってくれたのを持って行っただけですけどね。いやはや、ワタクシ、大半は「オトコ社会」にどっぷりつかってしまっていたのですよ。そういう女性、多いと思います。

すべてを女子が担うのが当然の女子校

「もしかして、女子校こそ最強な教育機関じゃないか?」と私が感じ始めたのは、すでに結婚して専業主婦になって子どもを産んだころでした。テレビで活躍する女性のプロフィールを見ると、女子大卒の人がかなりの確率でみつかったからです。

最初はそれが単なる「個人の才能」と思っていましたが、彼女たちのインタビュー記事に「文化祭では大工仕事も高いところでの作業も自分たちがやった」というくだりを読んだとき、なるほど、と思ったのです。

「女性にできない作業など、この世にひとつもない」

彼女たちは、それを学習してから社会に出てきたのです。私が、荷物をもってもらったり、チーズケーキをおごってもらったりして楽をしている間に。会長は男子で、女性は書記か会計だ、と思い込んでいる間に。

とりわけ、津田塾大学の創始者である津田梅子氏が、「良妻賢母育成女子高等教育制度に疑問」を抱き、前身である女子英学塾を創設したのが、明治期であったと知ったときは衝撃で、女子校を、それこそ「良妻賢母育成」のための教育機関であるという偏見で見ていた私は、本当に頭を打ち割られる思いでした。そんな校風のもとで育った女性たちが、社会で活躍するのは自明の理ですね。

「特別な女性」は男性にとって「脅威」ではない

「あなたたちは特別な女性だから」と、花岡たちは寅子たちを評価します。特別に優秀な君たちだけは、リスペクトしますよ、と。そういう言い方の陰には、「他の女」は自分たちと同等には扱わない、という気持ちが隠れています。いや、隠れてもいない。差別丸出しの人のほうが多いかも。

「特別な女性」もまた、「同等」ではありません。「大切なゲスト」なんです。

「同等」になろうとしたその瞬間、男性はスクラムを組んで女性を排除しにかかります。大勢の女性が、自分たちのライバルになる、とわかったとたんに。某医学部が、受験時に女子の点数を一律に低くして男子を合格しやすくした、というニュースは、思い出すだけで胸が悪くなります。男性が男性だけでかたまろうとすることにはいろいろな弊害がありますが、こんな姑息なことをやってまで守ろうとする「男性の地位」って何なんだ?「ボーイズクラブ」もここまできたら、おしまいです。

私は、幸いいい人たちに巡り合い、いやな思いをせずにここまで生きてきました。正直、「今度生まれてくるときは男になりたい」と思ったことは、一度もない。

でもそれは、私が「ガラスの天井」やガラスどころか「ガッチガチの壁」にぶち当たるような人生を、選んでこなかったからだと思います。

中学1年生の時、同級生の女子が「ハンドボール部に入りたい」と申し込むと、「女子はダメ」と言われました。女子のハンドボール部はなかったので食い下がったところ、「じゃあ、頭を五分刈りにしてこい」と言われました。

次の日、彼女は五分刈りにしてきた。ベリーショートどころではない、ほぼ丸刈り。長い髪を惜しげもなく切って。

「なぜそうまでして?」と私は思いました。サッカーで世界一となったなでしこジャパンの澤穂希が、男子だけのサッカークラブに入るより、ずーっと前の話です。

その後、私の友人は、特別なハンドボール選手になったわけでもなんでもありません。高校ではハンドボール自体をやめています。でも、そうした「普通の女性」の一つ一つの行動が、今の私たちの「当たり前」をつくってきた。そしてようやく、「特別な女性」の地位を返上する時代が来たのだ、と思います。

寅子たちは、まだ「特別な女性」です。このあと、彼女たちは、そこから抜け出すことができるのか、どうか。まだまだ時代は「戦前」です。

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

「文豪、推敲する~名文で学ぶ文章の極意」(シリーズ「文豪たちの2000字 」より)

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