歌舞伎の中の女たち
怪談「牡丹灯籠」〜3つの恋。あなたはどれに共感する?〜
京都南座では、この8月に「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」が上演されます。主演は坂東玉三郎と片岡愛之助。スターの共演ですし、「世話物」(庶民の生活を中心に描いたもの)なので、言葉も比較的わかりやすい。有名な怪談なので、物語に入って行きやすいこともあり、歌舞伎を初めてご覧になる方にもおすすめです。
ただ、「牡丹灯籠」というと、幽霊になった娘に魅入られた男性の話、くらいにしか思っていないあなた! このお話、「幽霊よりコワイ人間のお話」なんですよ! それも、3組のカップルの、ドロドロの恋愛模様。女性なら絶対ハマる! お露・お峰・お国、3人の女性の誰に、あなたは感情移入しますか?
お露の恋―「死んでもあなたを離さない!」
まず初めに登場するのは、お露という武家の娘です。母親が死んで、その世話をしていた女中のお国が父親の後添えになり、自分は牛込(新宿区)の本家から離されて亀戸(江東区)の別宅に移されてしまいます。十代の女の子には、なかなか辛い現実です。
こうした中で、新三郎という男性と知り合ったお露は、彼にゾッコンとなりますが、事情が許さずなかなか会えない。寂しさが高じ、恋わずらいで死んでしまいます。
それでもお露は新三郎を求め、お墓から毎晩魂が抜け出て、新三郎の元に通うのでした。新三郎は、お露が死んだとも知らず、毎晩情を交わします。しかし、隣りの住人の伴蔵(ともぞう)が覗き見すると、新三郎が抱いていたのは骸骨だった!
ううう、コワイ〜!
幽霊に取り憑かれた新三郎を救うため、家中にお札を貼る対策を立てたため、お露は家に入れません。彼女に付き添う老女は裏に住む伴蔵・お峰夫婦に、「お札を剥がし、新三郎の懐の仏像を引き離せば百両渡す」と交渉に来ます。
新三郎の身の回りの世話とお峰の内職でカツカツの生活をしている夫婦は、ついに幽霊と取引することを決意してしまいます。
お峰の恋―男は成功すると、なぜ糟糠の妻を捨てるのか?
幽霊からの百両を元手に、二人は伴蔵の故郷栗橋(埼玉)で店を開き、成功させます。食うや食わずの生活から一転、大店の奥様になったお峰は幸せの絶頂!……かと思いきや、夫の伴蔵は羽振りがよくなった途端に女遊びを始めてしまい、家にはなかなか帰ってきません。お峰は寂しくて仕方がない。伴蔵にとっては故郷でも、お峰には知らない土地。それも田舎。貧しくても、喧嘩もしたけど、内職で夜なべもしたけど、お峰にとっては馴染み深い共同体で、肩寄せあって生きていたあの時の方が、数倍も幸せだったように感じるのでした。
そんな時、江戸の友人が職を求めて訪ねて来ます。寂しかったお峰は二つ返事で店におきますが、伴蔵はうかぬ顔。もし、お峰が気を許し、うっかり昔の「あのこと」を喋ってしまったら……。伴蔵の眼が、不気味に光る。危うし!お峰!
お国の恋―それは不倫? それとも純愛?
伴蔵が贔屓にしている酌婦お国は、土地の者ではなく、江戸から流れてきた女。なんと、お露の父親・飯島平左衛門の後添えとなったお国です。実はお国には、恋人がいました。飯島の家の隣家の次男・源次郎です。
二人の関係に気づいた平左衛門は、大胆にも飯島の家で密通する現場を押さえ、2人に斬りかかります。たじろぐ源次郎。するとお国は叫ぶ。
「何をうろたえてるの? こうなったらここで殺しちゃって!」
平左衛門は殺され、お国と源次郎は出奔しますが、源次郎は脚に深傷を負い、栗橋のあたりで動けなくなったのです。橋の下の小屋で待つ源次郎のため、お国は酌婦となって稼いているのでした。源次郎は、自分の不甲斐なさにむせび泣く。
「俺も不幸、お前も不幸。こんなことなら、主人殺しなんかしなければ」
すると、お国は高らかに宣言するのです。
「私は後悔なんかしてない。今が一番幸せよ!」
私は「今が一番幸せ!」と言い切るお国にゾッコンです。彼女は悪女にも、純愛を貫き通した女性にも、いろいろ解釈できる奥行きのあるキャラクターです。「病弱の奥様に毒を持って殺し、主人の平左衛門を色仕掛けでモノにした」とも考えられるし、「もともと隣家の源次郎と恋仲だったのに、平左衛門に体を奪われ、仕方なく後添えになった」とも考えらえる。想像が膨らむキャラクターですし、歌舞伎の場合、役者がこの役をどのように演じるかでも印象が変わってきます。
八月の南座では、河合雪之丞さんがお国を演じます。妖艶な女の色気を見せてくれるはず。期待しています。
幽霊よりコワイ、人間の愛憎物語でゾッとしてください!
主演の玉三郎さんと愛之助さんは「お峰・伴蔵」の夫婦を演じます。つまり、この夫婦が「牡丹灯籠」の主人公、ということですね。
「牡丹灯籠」というと、最初の「お露がカランコロンという下駄の音を響かせながら、牡丹灯籠を揺らして新三郎のもとに通う」というこのカップルだけのストーリーだと思っている人も多いと思いますが、もっと複雑で、もっときわどく、残酷な話です。
そして、歌舞伎は美しい! クライマックス、夜の川辺で蛍が飛ぶ中、殺しが行われる場面を、どうぞたっぷりとお楽しみください。
観劇後、鴨川べりのそぞろ歩きなどすると、いろいろな感情が沸き起こってくるかもしれません。
この「牡丹灯籠」については、「恋と歌舞伎と女の事情」にもっと詳しく書いています。興味を持った方は、ぜひ手にとって見てください。
「恋と歌舞伎と女の事情」仲野マリ著
https://www.tokaiedu.co.jp/kamome/booksdet.php?i=14
坂東玉三郎特別公演(片岡愛之助出演)
怪談「牡丹灯籠」
京都南座 2023年8月3日〜27日(途中休演日あり)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/811
[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)
エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。
電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」