ユニークであること
ウナタレコラムニストのさとちゃんに「頭がおかしい」と言われて大喜びしている私です。
高校生の頃、仲の良かった友だちは変わり者ばかりで、自分たちを自ら「異端児」と呼んで喜んでいました。おかしなことばかり言っていつもゲラゲラ笑ってた。かといって異端児グループだけでつるんでいたのではなく、フツーの友だちもたくさんいたけどね。
うちの高校は都立高校だったんだけど「標準服」という名の制服がありました。そのセーラー服が、ずっと以前に制服コンクールで優勝したことがあるとかで、ほかの学校が完全に私服でだった中、大して可愛くもないのに残っていたの。
とはいえ、通学は私服でも制服でもどちらでもオーケーだったので、学校内は制服・私服がちょうど半々くらい。私はもちろん私服組。しかもロンドンブーツ。考えてみたらおかしな光景です。セーラー服とトラッドとロンドンブーツとヤンキーが混在してるんだから。
確かに異端児グループは浮いていたんだけど、結構愛される存在でもありました。自分の意見を持っていて、それをちゃんと口に出す人たちで、ただ好きな服を着て自己主張して楽しそうにしていただけだからね。
卒業25周年の同窓会で会ったら、テレビ局の仕事をしてる人、大学教授になってる人、教員になって父島に移住してる人など、みんな立派な職業に就く立派な大人になっていました。
異端児バンザイ。
その頃、私は在宅のコピーライターでした。設立されたばかりのリクルートの子会社で求人広告を作っていたんです。2000人の応募者の中から最初に選ばれた10人のうちの1人だったんだけど、その中の5人が仲良くなってね。これがまた、みんな変だったのよ。だから自らを「変グループ」と呼んでいた。
在宅ワークなので普段は家で1人で仕事をするわけだけど、時々「“変”が足りない!」と発作が起きる。するとみんなに招集をかけるのです。ランチしながらおしゃべりすると、“変”が充電されて明日へのエネルギーに変換されるわけ。
変な人たち、バンザイ。
何が変だったかよく思い出せないけど、多分私と同じように型にはまらないタイプだったのだと思う。要するに発想が豊かで喋ってると面白い人たち。そうそう、そのうちの1人は元劇団員で、夫も劇団員。そのお芝居も観に行ったっけ。
基本、表現する人たちなので面白いよね。
ユニークさって誰でも持ってるのに、それを表に出す人が少ないのだと思います。だってどんな人でも話すとみんなどこか変だもん。
類は友を呼ぶというか、今も私の周りにいる人たちはみんなユニークで、自分の個性を炸裂させて仕事をしている人たちばかり。
働いてるんだか遊んでるんだかわからない感じなんだけど、それって1番シアワセなことだと思う。
50歳を過ぎればもう失うものなんてないんだからさ、家族を優先して我慢したり、周りに合わせたり、人の顔色を伺ったり、誰かの真似してないで、本当の自分を炸裂させちゃったらいいと思うのです。
それってすごく気持ちいいわよ。
[この記事を書いた人]やまざき ゆりこ
娘2人がまだ幼い30代前半のときに在宅ワークができるという理由でコピーライターになる。同時期に、伯母の勧めで書と墨絵を始め、以来文章を書くことと絵を描くことがライフワークに。6年前、思いつきで始めた日本画で色の世界にハマり、コロナ禍のおうち時間に身近な動物を描いていたらいつの間にかペットの肖像画家に。57歳で熟年離婚。現在はフリーペーパーのコピーライターをしながら、オーダー絵画の制作に勤しんでいる。着物好き、アート好き、美しいものが好きな1957年生まれ。
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