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母を施設に入れました。

「三婆(さんばば)」というお芝居を観てきました。65歳で夫を亡くした女性が、夫の愛人と、夫の妹と3人で、いがみ合いながら一つ屋根の下で暮らす話です。

喧嘩しながらも気心知れて、気がつけば互いに支え合って20年。80歳を超えた3人は、ヨボヨボのおばあさんになっても、多少認知症でもありながら、なんとか同じ家で暮らしていて、老人のシェアハウスみたいになっているのでした。

それを観ながら、「まあ、現実はそううまくは行かないよな〜」と思ったのは私だけでしょうか。

お年寄りを狙う犯罪が多すぎる!

私の母は92歳。夫を亡くして30年、一軒家で一人暮らしをしてきました。

誰でも自分の家でずっと過ごしたい。確かに「三婆」の描く80歳くらいまでは、何の不自由も感じないでいました。その後脳梗塞で半身付随となり、パーキンソン病も発見されましたが、それでも10年、自分の生活スタイルを変えずに自宅で暮らせたのは、幸運が重なったからです。

第一に、娘(私の妹)が近くに住んでいたこと。第二に、半身不随にはなったものの、言語障害がなかったこと。第三に、90歳になるまで認知症を発症せずに済んだことです。最近では短期記憶が15分ともたなくなりましたが、それでも「人格」は変わらないのが救い。

生来キツイ性格で、常に本音で暮らしてきたのが幸いしたか、周りは「あんなに優しかったお母さんが……」みたいなショックを受けずに済んでいます。また、認知機能が衰え始めた頃にはすでに半身不随でパーキンソン病なので、動ける範囲が狭く、徘徊で行方不明になる心配がほとんどないのも安心の一要素でした。

それでも夜はセコムを導入し、母の徘徊に備えるとともに、泥棒の侵入を防ぎました。老人の一人暮らしは様々な犯罪にさらされる危険があります。夜だけではありません。今や、泥棒は「人のいない家」ではなく「老人のいる家」に白昼堂々玄関から入り、家中を見回して物色したり、壊れてもいないところを修理したといって工事費を請求したりします。

昔なら、近所の人が声をかけてくれたり様子を見てくれたりもあるけれど、今はその声かけが善意か悪意か。電話を取ればオレオレ詐欺。アンケートを装った個人情報抜き取りもあり、油断がなりません。

介護サービスを駆使して10年間を過ごす

妹はケアマネージャーと連携して、ありとあらゆる介護サービスを試し、母に合うようカスタマイズしてパズルのように日程を組み込みました。家事サービス、リハビリ、マッサージ。よく転ぶようになってからは、自宅の風呂を立ち入り禁止にしてデイサービスの入浴に切り替えました。

手のリハビリを兼ねて、料理教室のようなサービスも利用しました。妹が介護サービスのことをよく勉強してくれたおかげで、母が気に入る最良のサービスにたどり着けたと思います。

私は、妹から「来てくれる?」「泊まってくれる?」と言われた時は、必ず行くようにしました。我慢強い妹の出す最終S O Sだと思うからです。妹は飲ませる薬を全て小袋に入れて、「朝」「昼」「夜」とラベルを貼り、いつ血圧を測ればいいのか、いつ介護サービスの人が来るか、どのタイミングで入れ歯を外させるのか、などなど、全てをわかるようにしていってくれるのです。

そんな「時々」しか手伝わない私でも、母が急激に衰えていくのはわかりました。

トイレに行きたいけれど、トイレまでの道のりは、まるでヒマラヤ登山をしているみたい。私にしがみつき、ハァハァと息を切らし、ソファに戻るとすぐに寝てしまいます。また、15分しかもたない短期記憶ですが、「食べたかしら」とは言いますが、「食べたわよ」というと、「そお? そうかしら」と言いながらも納得してくれるので助かります。

しかし、これで「要介護1」というのは、軽すぎるのでは? それは誰もが思っていました。

母より先に、介護者が限界を迎える

自立や歩行が困難で、渾身の力でしがみついてくる体重60kgの大人の手をとり、一歩ずつ歩ませてトイレまで、台所まで、ソファまで、玄関まで、ベッドまで、日に何回も連れていくのは大変なことです。妹はまず腰を痛め、次に右手を、そして左手も痛めました。

1年くらい前からは、週に2回、私の娘も手伝いに参加しましたが、その娘も腰痛を発症したほどです。

「もう家では無理だと思う。次の認定で要介護3以上になったら、施設を考える。施設にすぐ入れなければ、今は週1回のショートステイホテルを長期で使うしかない」

そう妹が言ってきた時、私も同意しました。きっかけは、妹にドクターストップがかかったことです。

「このままだと、お母さんよりあなたが先に死にますよ」と言われたのでした。

問題は、要介護3にならなかった時です。3以上でないと、施設には入れません。順番待ちにすら並べないのです。

そんな時、ケアマネージャーさんが、「医療付きの施設があるんだけど」と持ってきたのが、有料老人ホームに訪問看護・訪問介護ステーションを併設し、地域のかかりつけ医と連携する施設の情報でした。

“医師機能をアウトソーシングした在宅型の病床”というコンセプトで、「医療が必要な人」が入居の条件でした。母はパーキンソン病なので、条件に合うというのです。

「ここなら、要介護の認定関係なく入れます」

場所も車で20分以内、電車と徒歩でも30分かからないという近さです。

何より、これまで在宅でやってきた医療的なサービスを、そのまま使えるというのが魅力でした。「今ならキャンセルが出て空きがある」というので、認定結果を待たずに申請を始め、決めてしまいました。後から出た結果は要介護3。施設ではそれに見合った介護サービスが受けられます。

母には、「お母さんじゃなくて、妹のため。具合が悪いから、妹が治るまでの間、他の人のお世話になって」と説得しました。

母のことも、妹のことも、知っている人たちとつながれる

私たち姉妹が最も恐れたのは、「母が施設を気に入らなかったときにどうなるか」。何しろ気難しい、自分の好みのはっきりした人です。一度転倒して入院した時は、看護師さんたちをてこずらせて早めに退院させられた「前科」もありました。いわゆる特別養護老人ホームに入ると、これまでお世話になっていた在宅でのサービスとはすべて縁が切れてしまいます。母は一人で見知らぬ人の介護を受けることになり、妹も一からスタッフと関係を築いていかなければなりません。

でも、この医療施設は、「訪問看護・訪問介護ステーションを併設」という形を取っているので、ケアマネージャーさんや訪問介護のスタッフさんが立ち寄れる。それもエリアが自宅と近いこともあり、これまでと同じ人にお願いできるものがあったのです。

妹がこれまでどんなふうに母を介護してきたか、母はどんな生活をしてきたか、どんな性格なのか、これまで家に来て接してきた人がいるということは、どれほど心強いか。少なくとも、言動が誤解されたり曲解されたりすることは少ないだろうし、第三者の、それも介護専門職の人が「この人はこういう人だから」と人間性をわかってくれた上で味方になってくれると思うと、それだけで安心できます。

「近い」が最大のメリット

妹は、毎朝新聞とお菓子を持って母を見舞っています。10分もいないし、サバサバしたものですが、必ず毎日行きます。両手に簡易ギプスをはめているので、車椅子が押せないため、力仕事が必要な時は私の出番です。この前は、かかりつけ医のところに二人で連れて行きました。私の息子夫婦の家も近いので、ひ孫を連れて訪問してくれたりします。「近い」は本当にありがたい。心からそう思います。

かつて、東京都内の老人ホームなど100人待ちは当たり前、という時代がありました。空いているのは自宅から遠く離れたところばかり。一度入れてしまったら、なかなか会いに行けないような場所のことが多かった。その頃に比べれば、今は施設も多様化し、多少は選べるようになったのかもしれません。

入居当初の数日は「帰る」と言っていた母も、少し落ち着いてきたようです。

在宅介護の10年間、私はほとんど妹に介護をお願いしてきました。私がやったことといえば、たまに泊まったりしたことのほかは、愚痴の電話を聞いてあげたことくらいです。いろいろリサーチしては、こまめに報告してくれた妹に感謝。妹は二言目には「明日は我が身」と言うけれど、私にはまだそこまでの実感はありません。できるだけ健康でいよう、としか思ってない、あらゆるフェーズで能天気な姉で、本当にゴメン!

とにかく、ご苦労様でした!

仲野マリ


[この記事を書いた人]仲野マリ(Mari Nakano)

エンタメ水先案内人 1958年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒。
映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、現在は歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、年120本以上の舞台を観劇。おもにエンタメ系の劇評やレビューを書く。坂東玉三郎、松本幸四郎、市川海老蔵、市川猿之助、片岡愛之助などの歌舞伎俳優や、宝塚スター、著名ダンサーなど、インタビュー歴多数。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視した劇評に定評がある。2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)佳作入賞。日本劇作家協会会員。

書籍「恋と歌舞伎と女の事情」

電子書籍「ギモンから紐解く!歌舞伎を観てみたい人のすぐに役立つビギナーズガイド」

YouTube 「きっと歌舞伎が好きになる!」(毎週火曜16時配信)

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