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老いと死を覚悟した瞬間

2月末の冷たい雨の日のイベントで久々に風邪をひいた。とは言え熱が出たのは翌週の真ん中の1日だけ。次の日には熱も下がり、仕事もあったので気合いで乗り越えた感も無きにしも非ず。

やっぱり基礎体力が違うんだわ!自分元気なんだわ!と油断していたのだ。次の週の月曜日、正確に言えば日曜日の夜から、お腹が痛くてもんどりうっていた。

いつもならパンシロンやらガスターやらの胃薬を飲めばすぐに治っていた痛みが、胃薬を夜中と朝方に2回、更に痛み止めも飲んだのにさっぱり改善される気配もなく、月曜日の朝になっても痛みが治る様子もなく、

その頃には痛みが腹部だけではなく背中まで広がって、このままじゃダメだ!と病院に行くことにした。春休みの娘に付き添ってもらって、近所の病院の内科を受診。

かくかくしかじか、こんな症状で受信しましたとお医者さんに話したら、たぶん胃腸炎だと思うけどもしかしたら膵臓とか他の臓器から来ていることもあるから、とりあえず原因を特定するために検査をしましょうとのことで、採血と腹部エコーを。

そう、先生の口から膵臓が・・・という言葉が出た途端に、今見ているドラマがばばばっと頭の中に再現されてしまったのだ。それは月曜日夜10時からフジテレビ系で放送されている「春になったら」木梨憲武演じるお父さんが膵臓癌の末期で余命3ヶ月と言われて、一人娘役の奈緒と病気を受け入れながら最後の時を過ごすドラマだ。

ちょっと待って!もしかしたら私も膵臓癌?ステージ4?膵臓は無言の臓器と言われていて痛みが出るころにはもう手遅れと言われている臓器。先生今膵臓がって言ったよね?

同い年の木梨憲武が演じるお父さんと自分が重なって、「私、死ぬのかな?」とすっかり同調してしまったのだ。ドラマの中でもお父さん背中痛そうにしてたよね、吐き気と戦ってたよね、一緒じゃん!

それからは採血しても、いつもより血を取る量が多いんじゃない?特別な検査するの?腹部エコーもなんだか念入りに調べてない?時間かけてるよ、と疑心暗鬼。

もし、膵臓癌だったら?もし、余命3ヶ月とか言われたらどうしたらいいんだろう。3ヶ月で何が出来るんだろう?と頭の中は自分が死ぬんじゃないかでいっぱいになっていた。

やり残したこといっぱいあるなぁ、ドラマの中のお父さんみたいに自分が死ぬまでにやりたいことリストを作った方がいいのかな?とか考えたけど、腹痛を耐えながらじゃそんなにすぐにはやりたいことも思い浮かばず

余命3ヶ月って言われても、あっという間でやりたいことなんか何も出来ない気がして来て、どうしようと焦ったり

ドラマの中では、木梨憲武は治療せずに今の自分らしく死にたいと言う道を選ぶんだけど、自分はそれを選ぶんだろうか?最後まで生きることに執着して治療をする道を選ぶんだろうか?治療費いくらかかるんだろう?

余命3ヶ月って言われても元気に動けるのはどのくらいなんだろう?治療したらそれはどのくらい伸びるんだろうか?とか、いつまでご飯をちゃんと食べられるんだろうか?食べられるうちに行っておきたいお店はどこだ?とか

去年母を見送ったばかりなのに、もうそっちに行くんかい!と思ったり、死んだ後のお葬式のこと、納骨のこと、実は旦那の家の墓には入りたくなくて実家の墓に入れて欲しいなぁとぼんやり考えていたこととか、何も誰にも伝えてないなぁとか。

病院まで付き添ってくれた娘はこの春から大学生なのに、新生活が母の見取りとかどうなのよ?と思ったり。診察を待つ数十分間の中で自分の60年の人生を振り返ってみたり、この先の残された時間に思いを馳せてみたり、残された子どもたちの事を考えたり、忙しいったらありゃしない。

こんなに短時間でいろんなことを考えたのは初めてじゃないか?ってくらいに、いろんな思いが頭の中を巡った瞬間だった。数年前にめまいで倒れて救急搬送された時でさえ、自分が死ぬかも?なんて1ミリも思わなかったのに、これが「老いる」ってことなんだろうか?

いやいや、今たまたま見ているドラマに影響受け過ぎなだけ。でも、そんなドラマを選んで見ていること自体そうなのかもしれない。最近は有名人の若くして亡くなったニュースなんかを聞くと、自分と重ね合わせてしまうのもそうなのかもしれない。老いが着々と自分事になっているのだ。

そんなことをあれこれ考えているうちに、いつの間にか腹痛も徐々に治ってきて、結果、先生からの診断結果は「風邪から来るただの胃腸炎でしょう」とのこと。良かった、まだ死なないようだ。

でも、普段元気が取り柄で病気知らずの自分がちょっと体調崩して病院にかかった数十分間で人生を振り返り、あまつさえ自分の最後の時まで思いを巡らせることになろうとは。

大変な病気じゃなかったから今こうして呑気にコラムなんかに書けているけど、本当に癌だったら自分はどうしていただろうか?

人間病気でも事故でも死ぬ時は死ぬ、それは今日かもしれないし明日かもしれないし、10年後かもしれないと普段から思っていたし、人生に執着していない方だと思っていた。漢字で書くと諦観とか諦念とか、そんな心持ちだと思っていたけど、それは単なる思考放棄だったのかもしれない。

自分の人生が満足のいくものだっただろうか?と考えた時、まだまだやり残したこと、やりたいことは沢山あって、まだまだ出来ることも沢山ある。だって子育てをやっと終えて、私の人生を楽しむ時間はこれからだもの。

一瞬だけど自分の老いと死を意識してしまったら、命が有限じゃないこと、いつまでも動けるわけじゃないことに気付いてしまったら、やりたいことを今やらずに死んでたまるか!そんな気持ちになったのだ。好きなことやりたいことを後回しにしている場合じゃないのだ。60歳を過ぎて、本当にいつ病気で死んでもおかしくない歳になったんだなと思ったら、やりたいことは今やろう!と強く思ったのだ。人生諦めてちゃダメだ。

だから、もっともっと我儘に、自分の思いのままに自分の人生を楽しんで生きようと思った。

今日の自分は一番若い自分

さっきまであんなにくよくよとネガティブ思考にさいなまれていたのに、ただの胃腸炎ですって言われた途端に現金なもので「あと30年は死なない気がする!」って思っちゃった、61歳の誕生日の3日前の話。

うん、確実に90歳までは生きていそう。それは「あと30年もある」なのか、「もう30年しかない」なのか。とりあえずこの先、いつか本当に命が尽きる時に「あぁ、思い残すことのない良い人生だったな」と思えるように毎日を楽しく暮らしていこうと思う。


[この記事を書いた人]sachi

片づけアドバイザー 今年還暦を迎えたタイミングで4人目の子育てと母の介護から卒業。 やっと戻ってきた自分の時間に、好きなことやりたいことを模索する日々。 好奇心の赴くままに行動する日常をお届けします。

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